櫻〜風華抄〜(後編)

まんじりともせず、日は暮れた。
庭を睨み付けるように立つ篤志の目の前で、まるで早送りのようにどんどん日が地平線の彼方に消えていく。
そう、思うだけかもしれないが。
長い一日が過ぎた。終わってみれば短かったように思う。
だが、これからのことを考えれば・・・。
じりじりと肌を焦がしていくような感覚の中、今日一日を過ごした。
「後は頼む。」
別れ際にそう言ったときの坂下の自分を見る目が忘れられない。
変な奴め・・気が触れたか、と思われただろうか・・。
メイドには暇を出した。
実家の母が何か言ってくるかもしれないがあちらには別のメイドを頼んだと手紙を出してある。
自分勝手なことを、と思われただろうか。
だが、構うものか。
俺は今日、櫻を手に入れる。櫻と永久を共に過ごすのだ。
それは、覚悟とも、決意とも取れる思いだった。
なぜ、櫻が自分を殺してしまうといったのかはわからない。
だが、櫻が傍にいなければそれは自分にとって死んだも同然のことだ。
日は暮れた。
まだ赤身が残る空の下、明星がその輝きを見せる。
そして、彼女が姿を現した。

「篤志さん・・。」
そう、名前を呼んだ櫻の声が震え、目に怯えが浮かんでいると思ったのは篤志の思い過ごしだったに違いない。これから行うことに対する罪悪感か。
だが篤志は優しげな笑みを浮かべて櫻を迎えた。
「櫻・・待っていた・・・。」
「篤志さん・・。」
近づいてくる櫻を抱きとめると、微笑みながら中へと誘う。
昨日二人が抱き合った和室には、すでに褥の用意がしてあった。それを見て櫻はわずかに頬を染める。
背中から櫻を抱きしめながら篤志はゆっくりと櫻の帯を解き、耳朶に、首筋に口付けながら襦袢のみの姿にしていく。
シュル・・・
かすかな衣擦れの音を立てて紅の着物が畳の上に落とされた。
「櫻・・・愛している・・・。」
耳元で囁く声に櫻の瞳が寂しげに揺れた。
「お慕い・・申し上げております・・。」
襦袢の胸元からゆっくりと手を差し込み、篤志はその豊かな胸に触れた。
すべすべと滑らかで、柔らかい。そんな感触が手の下で震えている。
「櫻・・・俺のものだ・・・。」
「ぁ・・・篤志さん・・。」
櫻の声が震えていた。篤志は櫻の香りの良い髪に唇を寄せ、そのまま滑らせて首筋に軽く歯を立てる。その一方で乳房を揉みしだきながら襟元を押し広げて豊満な胸を徐々に露わにしていった。
首筋から肩口に唇を当て、そのまま肩先へと滑らせている。しどけなく開いた着物の前から覗く肌が、羞恥に艶を帯び、桃色に染まっていく。その光景がたまらなく淫靡に篤志を誘い、めまいがするほどの欲情を覚えた。
「櫻・・。」
そのまま崩れるように櫻を押し倒すと黒髪が艶やかに布団に散らばる。
恥ずかしげに目を伏せた櫻の頬を軽く人差し指で撫でると篤志はその手にあまりそうなほど豊かな胸を揉みしだき、先端に唇を寄せた。
可憐な乳首をそっと唇に含むとぷにっとしたそれが徐々にこりこりと硬くなる。
「ぁん・・ふ・・。」
徐々に息を荒げる櫻の細くしなやかな指が自分の髪を柔らかく弄るのを心地よく思いながら篤志はちゅうちゅうと櫻の乳首を吸い、ぺろぺろと舐める。そうしながら空いた手が徐々に下り、着物の裾からしっとりと滑らかな太腿を優しくゆっくりとなで上げる。
「あ・・ん・・ん・・・ああ・・・。」
桜色の整った唇からは間断なく喘ぎが漏れ、与えられる緩やかな愛撫におずおずと櫻の膝が曲がり、悩ましげに眉が撓る。その様を見た篤志はかすかに唇の端をあげて笑みを作ると、布団の下に隠してあった縄を手にとった。
シュッ・・・シュル・・・
「あ・・なにを・・・!?」
はっと我に返った櫻の抵抗する四肢を押さえつけ、襦袢を着せたまま右手首と右足首、左手首を左足首をそれぞれ結び合わせていく。さらにその足を閉じられないように足首同士を縄で結び、その縄は首の後ろを通す。
「あ・・いや・・・一体何を・・・。」
櫻の頬が自分の取らされた格好のために羞恥に染まる。一生懸命足を閉じようとするが手首を足の内側で固定されているためにそれもままならず体を少々揺するにとどまった。襦袢は帯で腰にしっかり留められているものの、肩は落ち、胸は全て剥き出しな上に縄のために隠すべき襞もすべて露わになっていた。逆に襦袢を中途半端に身につけていることで櫻の裸身がより淫靡に映る。
そんな櫻の姿を満足げに見ながら篤志は襦袢からすらりと伸びた櫻の足をゆっくりとなでまわす。
「櫻・・・綺麗だ・・。」
うっとりとしたように囁く篤志を困惑の表情で見上げる櫻の瞳が徐々に潤み始めた。
「どうして・・こんな・・・。」
「愛しているんだ、櫻・・。君はずっとこうやって俺の傍に置いておく。」
「そ・・んな・・・。」
櫻の漆黒の瞳に絶望の影が走る。だが、篤志の目にその影が映ることはなかった。
「櫻・・。君も俺のことを愛していると言ってくれたろう・・?だからこうして・・・。」
くちゅ・・
「ひぅ・・っ」
篤志の指が櫻の剥き出しになった秘裂に這わされた。そこはすでにとろとろになり、篤志の指をぬらぬらと無遠慮に濡らしていく。
「あ・・や・・やぁ・・・。」
「いやじゃないはずだ。こんなに濡らして・・。君も望んでたんだろう?こうされるのを。だから俺に会えない、なんて言ったんだな・・?」
「ち・・が・・ひぐ・・っ!!あんんっ!!」
首を振りかけた櫻の背が唐突に奥まで突き入れられた指のせいでわずかに仰け反る。その指でぐちゃぐちゃと襞を擦りあげながら篤志はにやりと笑みを浮かべた。
「櫻・・だめだ・・。俺を愛してるといってくれるのなら俺は君をどこへもやらない。ここにおいて、俺だけのものにしておく・・。」
「あ・・あつ・・・篤志さ・・・ぁん・・。」
ぐちゅ・・ぐちゅ・・・じゅぶ・・・じゅぼ・・・
篤志の指は容赦なく蜜壷を犯し、櫻の四肢を震わせる。篤志の舌は滑らかな内股を辿り、やがて敏感な肉の目に到達する。
「ふ・・ぁ・・ああ・・・やぁ・・・。」
恥らう櫻など気にもとめず、その肉の芽をぺろぺろと舐めればつきこんだ指がきつく絞られる。その指をぐりぐりと肉を割るように動かして襞を擦りあげ、さらに肉芽を吸い上げる。
「あふ・・ああ・・ああんっ!!」
縛られて不自由な体が快楽に喘ぎ、白い肌が艶を帯び始める。蜜が濃厚に香り、やがて白く泡立ち始めた。そうしながら唇はさらに奥の菊門に向かい、その窄まった器官を舌で舐りまわす。そうしながら別の指はこりこりと硬くなった肉の芽を摘み、苛み続けた。
「あ・・あああ・・そ・・んな・・・・あ・・・」
じゅぶじゅぶと淫猥な音を響かせながら滴る蜜が菊門にまで達し、その蜜を舌で塗りこめるようにしながら舌を侵入させていく。引く引くと蠢いて震えるその窄まりは、何かを求めるように篤志の舌を締め付けた。
「櫻・・。ここもずいぶんいいようじゃないか?俺の舌を締め付けては指をくわえ込んだここも喜んでるぞ。」
「ぁん・・そんな・・言わないで・・・。」
首を振って許しを請う姿も美しい。その姿に魅入られたように夢中で菊門の皺を丁寧に舐めあげると篤志は身を起こした。
「櫻・・君の全て・・欲しい。」
そう囁きながら服を脱ぎ捨て、いきり立った男根を露わにしていく。
「篤志さん・・。」
「いくよ。」
ずぷ・・ぬぷぷぷ・・・・
「あ・・・ああうっ!!」
菊門の皺を伸ばしながら進入してくる欲望に櫻の唇から鋭い悲鳴が上がる。
「あ・・・あぁ・・」
痛みと、快楽とも判別のつかない叫び。唇が戦慄き、縛られた手が硬く握り締められた。
「櫻・・すごい・・いい・・・。」
ぐちゅ・・ぬりゅ・・・ずちゅ・・・・
滴り落ちた粘液が男根と絡みつき、硬い欲望の証が直腸を擦りあげる音が静かに響く。包み込まれた男根は、蜜壷とはまた違った刺激で擦られながらもその体積を増していく。
だが、篤志は気づかなかった。
櫻の見開かれた瞳に、昏い絶望に満ちた悲しみが溢れていることに。
涙が少しずつ畳を濡らしていく。だが、その涙の意味さえ篤志には読み取れなかった。
櫻は俺のものだ・・。絶対に離すものか・・。
ぐいぐいと締め上げる直腸を攻め立て、叫び声をあげる櫻の唇をふさぎながら篤志はそう誓っていた。それはすでに櫻のためでもなんでもなく、自分自身の欲を満たすためであることに篤志は気づいてはいなかった。
「あ・・はぁ・・あ・・あん・・ん・・ふ・・・。」
「櫻・・いい・・・うく・・っ・・・。」
悲痛な喘ぎと限界が近い切羽詰ったうめきが交錯する。
やがて。
「う・・ううっ・・。」
「ああん・・ぁ・・あああっ!!」
櫻の鋭い喘ぎと締め付けに触発されるように篤志の欲望がびくんと脈打った。
どくん・・どく・・ぴゅ・・・
「あ・・ああ・・・・・・ん・・・・・」
ため息にも似た喘ぎ。緊張した括約筋。それに搾り取られるように溢れる白濁。
「櫻・・・。」
感極まって口付けた篤志に櫻は涙を流しながら告白した。
「私は・・・鬼なのです・・・。」

「鬼・・・?」
篤志は、一瞬何を言われているのかがわからなかった。からかわれてるのでは。そう思っても櫻の瞳を濡らす涙が漏れかけた篤志の笑いを留めた。
「一体・・・どういう意味だ?」
萎えて菊門から吐き出される自身をそのままに、篤志はじっと櫻を凝視した。
縛られ、その場に仰臥したまま櫻は泣き続けていた。その唇から、静かにかすれる声が漏れる。
「私と交わりつづけた殿方は・・やがて死に至ってしまうのです・・。私は情欲の権化・・。そうやって殿方と交わりつづけなければならない身・・。だからあの日も・・・姿は隠していたはずなのに・・・。どうか・・どうか私のことは捨て置いてください・・。あなたを・・殺したくない・・・。」
「・・・櫻・・・・。」
緊張と沈黙が流れた。
まるで櫻の言葉を胸の内に反芻するかのように篤志は櫻をじっと凝視したまままんじりともせずに黙り込んでいた。
物の怪などいるものか。
今は明治の世の中だ。
・・・いや、そんなことよりも。
櫻が俺を殺すだと?
交わりつづけて殺す・・・?
嫌われているのか?
櫻の囁きを耳にしてそれを口にしたとしたら大馬鹿者だ。
では、俺が目の前に置いているこの女はなんだ・・?
俺が愛をかわし、抱きつづけた女は・・・。
「・・・ふ・・・。」
篤志の唇から不意に息が漏れた。そして、まるでそれが合図だったかのように。
「ふ・・は・・・はは・・ははははは・・・・・あはははははははは!」
「・・・篤志さん・・・。」
篤志は笑っていた。額に手を当て、後ろに仰け反って。狂ったように笑いつづける篤志を櫻はただ見つめていた。
やがてその笑いが徐々に波が引くように収まっていく。
「はは・・は・・・ん・・・はぁ・・・・・・。」
わずかに息を切らしながらこわばった笑みをたたえて篤志が櫻を凝視した。まるで、睨み付けるかのように。
「・・・・『鬼』か!面白い!俺は鬼を愛したわけかっ!」
「・・・篤志さん・・・。」
戸惑うように篤志を見つめ、仰臥したままの櫻に篤志は覆い被さった。そして。
ぐちゅ・・ぐちゅ・・
「あ・・あん・・や・・篤志さん・・そんな・・・。」
無骨な指が櫻の繊細な襞を弄る。盛大な水音の割には決して荒くなく、繊細に、優しく。
「馬鹿にするな。男子が一度言った言葉を翻すものか。それぐらいならはじめから口などせん!」
「あん・・あ・・でも・・でも・・・。」
ぐちゅ・・ずちゅうう・・・
二本の指が櫻の繊細な粘膜を犯し、親指がぐりぐりと肉芽を擦り上げる。その刺激にたまらず櫻はゆるゆると首を振った。
「は・・ぁふ・・・ん・・あああん・・・篤志さん・・篤志さん・・。」
櫻の瞳にぼんやりと霞がかかり、いとおしげに篤志の名を呼ぶ。抱きしめたそうな手が動くことかなわずにきつく握り締められ、できるだけ体を密着させようと足が覆い被さった篤志の体に触れる。
「櫻・・。例え殺されたとしても・・。俺に魂はお前と共にある・・・。」
ず・・・ぐちゅうっ!
「あ・・はぁうっ!!」
いとおしげに瞳を細め、櫻の耳もとにそう囁いたかと思うと篤志は己の硬くそそり立った欲望を櫻の中に突き入れた。
「・・・っ・・・。」
きつい締め上げに迫り来る射精感を堪えながら腰を動かす。縛められた櫻の切なげな表情が篤志の性感を煽り、自由にならないがために高まった性感が襞の締め付けをよりきつくする。
「櫻・・櫻・・・。」
「ぁん・・んう・・・・あつ・・し・・・さ・・・あん・・あ・・・。」
声にならない喘ぎ、そしてただ愛しい名前を呼ぶ声。
それは、終焉からの永劫の始まりだった。

「篤志さん・・・いや・・・愛してるのに・・愛してるの・・・あ・・ああぁ・・・。」
弱く、高く悲鳴にも似た嬌声が上がり、そして消える。
それは寄せては返す波のように。
アイシテル・・・アイシテルから・・・愛していれば・・・
うねりのような激情が貫かれ、揺さぶられる木の葉の如き櫻の心と体をもみくしゃにしていく。
「あ・・ああ・・・い・・や・・だめ・・・・。」
何度も体の中で散る白濁。
そのたびに自分は満たされ、その反面奪っていく。
アイシテル・・・アイシテイルケド・・・アイシテイルノニ・・・・・
細くなる呼吸。
散る汗の冷たさ。
乳房を掴む指の弱さ。
「あん・・ああ・・篤志・・・」
「さく・・・・。」
何も見えていない瞳。
一つしか見えていない瞳。
何かが変わった。
瞳は赤く染まり、紅く染まり、そして、曇り始め。
無機質に、無表情に狂気を映していく。
涙が一滴、零れた。
一つの熱が消え、燻る残り火は女を情念に狂える鬼と変えた・・・。

とてつもなく大きな屋敷の前に坂下は立っていた。
白黒の垂れ幕に覆われたその屋敷からは、香の匂いが漂っていた。
弔われているのは、山下篤志。坂下の無二の親友だった男だ。
「一体・・君に何があった・・・・。」
1週間、大学にもそしてあの屋敷にも顔を出さなくなった篤志を妙に思って坂下が篤志の家を訪ねたのは、もう桜も全て散りきった日のことだった。
あの日の別れ際の言葉も気にかかった。
妙だ、そう思ったときにどうして僕は気づいてやれなかったんだ・・。
悔やんでも悔やみきれない。
目を閉じれば、あのときの光景が今でも今しがたのように浮かんでくる。
溢れるほどに散った桜の花びらの中。
全裸で干からびた男が横たわっていた。後からの調べでわかった。その死体が、篤志だったらしい。
傍らには奇妙に結ばれた縄。
むせ返るほどの性臭と桜の香り・・・。
「桜の下の鬼にでもさらわれたかい・・?」
戯れに呟いて坂下は失笑した。
そんなことがあるわけがない。
あの男ほどにリアリストがそんな・・・。

夕暮れ時・・。
若葉がでかかった桜の木の下に少女が縋りつくようにすすり泣いていた。
この身が辛い・・・。
愛せど愛せど・・・その命吸い取るこの身・・・。
されど愛さずにはいられぬこの身・・・。
いっそ愛することだけ思えたら・・・
いっそ愛さずにいられたら・・・・
それでも糧を求めるならいっそこの身を滅ぼして・・・・。
ああ・・ああ・・・・・。
少女の涙すら、木の肌に吸い込まれていく。
少女は木の肌に我とわが身を打ちつけた。
己が身を滅ぼさんと、悲しみを込めて。
流れぬはずの血が滲み、木の肌に吸い取られていく。
ああ・・・ああ・・・こんな鬼・・滅ぼして・・・・。
少女の瞳が徐々に赤く染まっていく。
上り来る月と共に紅く・・。
紅き月は狂気の月。
鬼は・・狂える鬼とならん・・・・。

それでも・・・愛さずにはいられない・・・・。
殺めずには・・・

前へ

このページのトップへ