クリムゾン レイヴ8

手負いの獣は強いそうです。
弱い存在だからといってはじめから馬鹿にしていては、痛い目を見ることもあるとか。
そして、意外な人があなたを守っていることもあるそうです。
一番大事な人と、一番守りたい人が別なこともあるそうです。

「ん・・れん・・・漣・・・ぁ・・・。」
シーツの波の上で裸体が蠢く。下に組み敷いた女の体に、まるで傷でも舐めるように唇を這わせ、愛撫を施していた。鎖骨を辿り、乳首を含む漣の頭を操の細い手が捕らえ、黒い髪をかき乱す。小さな臍を赤い舌が辿ると、びくんと体が激しく震える。
「っんあん・・・っ・・。漣・・・・・もういいから・・頂戴・・。」
まるで貪るような情事に「愛」や「恋」といった甘さは微塵も感じられない。ただ、見えない傷でも辿るように男の手が女の肌を這い、割れ目に忍び入ったかと思うと、ぐちゅりと淫猥な音を立てて潜り込み、かき回す。狂おしく掻き抱きながらも女の口元は淫靡な笑みを湛え、その瞳は曇りガラスのようにどんよりと曇っていた。
「漣・・漣・・・。」
ただひたすらに名前を呼びながらも女の指は猛りきった男のペニスを緩やかに扱いて時折きつく握り締める。それは、操流の催促でもあった。
「操・・・。」
ただ一度だけ名前を呼ぶと、漣の唇が深く操の唇を貪り尽くす。侵入し、嘗め尽くし、全てを啜って吐息すらも奪い尽くそうとするような口付けを送ると離した唇と入れ替えるように女の足を割り開き、ぐいとそそり立つ男の証を押し入れる。
「んあ・・・はう・・っ。」
快感に恍惚とした面持ちで仰け反ると操の内部が生き物のように動いて受け入れたものを絞り尽くさんとする。その動きに僅かに眉を顰めただけで全てを収めると、ゆっくりとしたストロークで腰を動かし始める。
セックスと言うより、まるで治療を見ているような錯覚に陥りそうになるような情事。
徐々に操の瞳に色が戻り始める。溜まり過ぎた澱でも搾り出すかのように漣にしがみ付き、腰を振りたてる。
「ああん・・漣・・いい・・いいの・・・。ん・・・んんああ・・・。」
先ほど東達と交わったときの冷ややかさは欠片も存在しない。ただし、火傷しそうな熱さも存在しない。淡々と進む情事の中で確実に操に何かが戻りつつあった。それは快楽とともに嵩を増し、絶頂とともに完了しようとしていた。
「だめ・・だ・・ああ・・漣・・・いくぅ・・・っ!」
小さな悲鳴が上がり、しがみ付いた漣の背中に爪が生み出す紅い筋がいくつか走る。痛む様子すら見せずに仰け反る少女をしっかりと抱きしめてさらに数回腰を抽送させると、静かに漣はその動きを止めた。
「は・・・ふ・・・。」
腕の中で荒い呼吸を繰り返す操の瞳はすでにしっかりとした光を湛えている。その瞳を閉じると、漣の首にしがみ付いてうっすらと微笑んだ。
「・・・また、あたしだけ?」
その問いに知らず漣の唇に苦笑が浮かぶ。
「仕方ないだろ。葉霊を清めるための交わりだしな。」
「んもう・・硬いんだから。」
漣の言い草にぷっと操が膨れる。
葉霊である操は人間ではない。意思を持った言霊とでも言えばいいだろうか。強く念じられた意思に根付いた言霊に引き寄せられ、それが託す思いを具現化する。その思いが強ければ強いほど惹かれ易く、染まりやすい。そして不幸なことに、憎悪ほど強制力が強くなる。縛られる憎悪が強ければ強いほど、その想いを成就させても残った憎悪が澱のように操に溜まっていく。それが積もり積もるとやがて言妖へと姿を変じるか、言妖に使役されるのみの存在となる葉妖(はみょう)へと堕ちてしまう。言司と交わることでその負の思念の残り滓をリセットし、限りなくニュートラルな状態での葉霊の状態を維持することができる。逆に葉霊の状態で言妖と交われば、葉妖へと変じる。
葉霊は言霊そのものだといっても過言でないので、言霊を思いのままに操る。基本的に何者にも隷従しない葉霊は自らの意思で言司を選び、仕えることがある。葉霊を味方につけている言司は、それだけで実力者として認められる存在とも言えるのだ。
膨れる操に漣は苦笑を浮かべる。恋愛感情で交わる関係でない以上、それ以外の目的で操と交わることはない。言霊そのものである操に、戯れでも睦言は言いたくなかった。
「まあいいわ。とりあえずすっきりした。ありがと♪」
ちゅっと派手な音を立てて漣の唇にキスすると、操はそのまま毛布を引き上げた。
「おい・・操・・・。」
困惑したような顔で漣が操を見る。
「いいじゃない。朝には姿を変えとくわよ。」
ね、とウィンクをするとそのまま瞳を閉じた。操に睡眠と言うものが存在するのかどうか漣にもわからない。ただ、こうやって操が泊り込んでいくことはよくあることだった。
全く・・・。
小さな苦笑を浮かべながら自分は下着とパジャマを身につけて操の隣に潜り込んだ。

「葉山のがうるさいようだね。」
声の主にそれこそ煩げな視線を向けて斎は行為の続きを再開した。黒い皮のソファの上に女を組み敷き、怒張を突き入れて淀むことなく腰を動かしている。すでに相当責められつづけているのか、ぐったりとした女はかすかな呻き声を上げるのみで何の反応も示さない。ただ蜜壷を掻き回すぐちゃぐちゃという音が淫靡に空間に響くだけだ。
「余り葉妖を壊すなよ。葉霊から変えるのは最近骨なんだ。」
「煩いぞ、刹(せつ)。」
唐突に口を開くと身を起こし、今まで弄っていた女を放るようにその場に打ち捨てた。
「あーあ。かわいそうに。女の子は優しく扱わなきゃ。」
おどけたように言うものの刹にしても放り出された女をただ見るだけで手を差し伸べようとはしない。その刹を少々疎ましげに見ながら斎は裸身に闇を纏い、黒ずくめに身を包んでいく。
「何の用だ。」
「つれないなあ。最近なかなか満足に食事ができないだろうからさ、いい情報をもってきたって言うのにさ。」
軽い刹の口調にじろりと睨むような視線を向ける斎に刹は軽く肩をすくめた。
「信用しなくてもいいけどさ。曰(いわく)が教員免許とって高校に潜り込むのに成功したんだってさ。しかも葉山のが通ってる高校らしい。面白くない?」
見た目には二十歳ごろだろうか。勝手に向かいのソファに腰掛けて短めの茶髪をかきあげながら楽しげに斎を見る。
「必要ないのにわざわざ免許取るのが曰らしいよね。」
付け足してけらけら笑う刹を斎がじろりと見やる。
「・・それで、どうしろと?」
斎の言葉を受けて刹はさらに楽しげに唇をゆがめた。
「身の回りで妙なことがいろいろ起こったら・・・人間って良心の呵責なんて面白いもの持ってるんだよね?」
くすくすと笑いながら親指の爪を噛み、上目に斎を見る。
「3人とも潜り込めばさすがに目立つぞ。」
「やだなあ、斎は頭硬くて。」
にやにやと笑うと刹の風貌が少し幼さを増していく。
「僕なんてさ、高校生にもってこいじゃない?」
「・・・俺は遠慮しておく。」
「斎はいいや。高みの見物しててよ。僕たちは美味しく食事して、その上に邪魔な葉山のを追いこむからさ。それにね・・。」
悪戯っぽい笑みを浮べていた唇が性悪に歪む。
「面白い情報を仕入れたんだ。なかなか楽しめそうだよ?おやつくらいにはなりそうだからさ、気が向いたらおいでよ。」
そう言ってくすくすと笑う刹の姿が徐々に靄に紛れて薄くなっていく。無表情にそれを見送る斎の表情に憮然としたものが入り混じるのを刹は見逃さなかった。
「大丈夫。君の獲物は取っとくよ。葉山のの止めは君が刺せばいい。そうだろ?」
含み笑いとともにその声は徐々に薄れていく。やがて、負の気配とともに完全にその姿を消した刹に斎は小声で毒づいた。
「・・・いらん世話だ・・・。」

ピンポーン・・・・ピンポーン・・・・
「・・・・んあ・・・?」
うっすらと目を開くと朝の光がブラインドの隙間から差し込んでいた。そして・・・。
「れーん!いないのー!?」
ピンポーン・・・
「げ・・・まさか遙・・?」
けたたましい呼び鈴の音とともにここえる聞きなれた声に寝ぼけ眼で頭を掻きながら身を起こしてふと隣に横たわる人物に目をやった。
「・・・・・操!」
や・・やべ・・・。
意味もなく微妙に焦りながら隣の操を揺り起こすとこちらはパッチリと目を開く。当然その格好は素っ裸で、爽やかににっこりと微笑む。
「おはよう、漣。なんだか騒がしいわね?」
微妙に意地悪くつりあがった口元が全てを悟っていることを知って漣は思わず軽く操を睨みつける。
「そう、これでこのまま上がってこられたらもっと騒がしくなるだろ。頼むから姿を変えてくれよ。」
自分は慌ててベッドから起き上がるといそいそと私服に着替え始める。ついでにドアフォンを取って
「わりい、今起きた。ちょっと待ってろ。」
漣がドアフォンを置いた頃合を見計らって操が甘えた声を上げる。
「あーん。昨日はあんなに激しかったのにぃ。つれないのねえ。」
切なげな声にどきりとして操を見ればその目はにやついている。とっさにパジャマを操に投げつけて、大声を上げた。
「いいからやれー!!」

「漣って猫飼ってたっけ?」
勝手知ったるように部屋に入ると、遙は漣のベッドに腰掛け、歯を磨く漣に声をかける。その足元には見事な毛並みの黒猫が蹲っている。漣は学校に比較的近い場所にマンションを借りて一人暮らしをしている。その年で不思議に思った遙が「なんで?」と聞くと、「精神修行のため」と言われた覚えがある。「女連れ込んじゃない?」と冗談で言うと本気で頭をはたかれた覚えがあった。
「ひほーひほっは。」
もごもごとはブラシを口に咥えながら話す漣にふむふむと頷く。
「で、飼うの?」
「ふぁふぁんね。」
「じゃあ、捨てるの?」
「ふぁふぁんね。」
「・・・どっちなのよ・・・?」
「んなのわかんねーよ!一緒に外に出て、とりあえずまた戻って来たらそん時は止めるかもしんねーけど。」
「ふーん・・・。」
曖昧に頷いて遙は足元の黒猫を見下ろした。その黒猫と、なんだか急に視線があってドキッとする。
やだ・・この猫、あたしのこと知ってるみたい・・・。
そんなことがあるはずはないのだが。すぐにばかげた考えを振り払い、遙はバッグを手にとって幼馴染を急かし始めた。
「ねえ、早く!まだ?」
「おう、もういいぞ!」
皮のブルゾンを着た漣が部屋の隅の通学用のバッグを拾い上げる。すると黒猫もするりと立ち上がった。
まさか・・ね・・・。
靴を履きながら遙は妙な感じに捕らわれた。
黒猫が自分を見て嫉妬している。
「・・・馬鹿みたい。」
「ん?なんか言ったか?」
思わず口から出た台詞に自分でも慌てながら遙は一足先に詰めたい朝の空気の中に飛び出していった。
にゃー・・・・
気のせいじゃないわよ・・
黒猫の鳴き声に、漣だけが軽く首を竦めて見せた。

朝の清冽な空気の中、誰もいない教室に一人の男がぽつんと腰掛けていた。何かをひたすらぶつぶつと呟いている。
「どうして僕じゃだめなんだ・・・どうして・・・。何で葉山なんか・・葉山なんかに・・・・。」
168センチ90キロ。お世辞にも痩せているとはいえない。男の脳裏には昨日の屈辱的な光景が今も鮮やかにフラッシュバックされていた。
『ごめん。あたし、葉山君が好きなの。だから付き合えない。』
一世一代の勇気を振り絞った告白。それを、まるで嘲笑われるかのようにあっさりと断られてしまったのだ。
「何故僕じゃだめなんだ・・僕ほど君を好きなやつはいないのに・・・葉山なんか・・・。どうして僕じゃだめなんだ・・・くそ・・僕を振りやがって・・。」
男の中に、自分が原因かもしれない、と言う考えは浮かんでは来ない。ただひたすら他を憎み、自分を正当化しようとする。やがてそれは小さな憎悪を生み、膨らんでいく。
どうして・・・・どうして・・・・

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