クリムゾン レイヴ14

「う・・うう・・ぁ・・ぐ・・・。」
襤褸切れのよう。まさに、そういう形容が相応しい。
操がここに連れて来られてからどれぐらいの時間が経過したのだろう。そもそも、ここが時の概念がある場所なのかすら怪しい。斎は休むということを知らなかった。まるで貪り尽くすように操を貫き、しゃぶり、嘗め尽くす。前から、後ろから。膣も肛門も口も、全て犯され、瘴気の渦の中で、操の自我は崩壊を始めていた。
漣・・れん・・れ・・・・
どれだけ呼びつづけても、漣がここに現れることはない。
わかっている。それでも・・。
漣・・・漣・・・
斎が何度目かの放出を終え、一息ついて立ち上がった。すでに斎も裸になり、その肌を晒していた。蒼白い、均整の整った長身が操から離れ、向かい側のソファに歩む。
その瞬間だった。操を縛めていた言霊が心なし緩んだような気がしたのだ。ちょうどこの時曰が滅びたのだが、操はそれを知る由もない。
今なら動ける・・!!
最後の力を振り絞り、操の体からほの白い光が溢れ出す。慌てて振り返る斎をよそに操は呪縛から己を解き放ち、よろよろとその場に立ち上がった。
「よ・・くも・・好き勝手してくれたわね・・?」
荒い息をついてようやく立ち上がる操を信じられないような面持ちで見ながら斎は呆然と呟いた。
「まさか・・・。」
本来は一矢報いたい。だが、今の操にそれだけの余力はありそうになかった。注ぎ込まれ続けた瘴気は確実に操を蝕んでいた。今は、何よりも早く漣に清めて欲しい。
「『跳・・・』」
「困るなあ、斎、獲物を逃がしちゃあ。」
唐突に操の背後に気配が湧きあがり、声と共に後ろから抱きしめられる。
「な・・・!?」
「『縛』」
再び強烈な言霊が操を縛り付け、その場から動けなくしてしまった。その相手を見て斎が顔を顰める。
「刹・・。」
「君はたっぷり楽しんだかもしれないけど、僕はまだなんでね。これからたんまりと楽しませてもらうよ。」
にやりと笑った刹のその手が操の乳房にかかり、先端を摘んで強く引っ張る。
「あう・・っ!」
「随分敏感だねえ。そんなに斎に可愛がられたのかい?」
両の乳首を摘んで捏ねながら乳房を揉む。そうしながらちらりと斎を見た。
「曰はどうやらやられたらしいよ。葉山のに。」
「何・・!?」
「え・・!?」
驚きの声を上げたのは斎だけではなかった。操も、驚嘆の声を上げ、一瞬送り込まれた快楽を忘れて刹を振り返る。その操の唇を塞ぎ、思う様蹂躙しながら刹は斎のほうを見た。
「ん・・んう・・うん・・・。」
抗おうとするが抗えない。言霊に縛られているというだけでなく、体内に溜まった瘴気が刹の齎す快楽に呼応して操から抵抗する気力を奪いつづけているのだ。その様を無表情に見ている斎を見ながら刹は操の股間に指を下ろしていく。
くちゅ・・・
そこがどうなっているかは言わずもがなである。いやらしい水音を立てながら操の襞をかき回す刹を横目に、斎は向かい側のソファに腰をおろした。
「・・一体・・どういうことだ・・?」
操の柔らかい唇を楽しんでいた刹の唇が名残惜しげに離れる。それでも乳房を揉み解す左手と秘裂の襞や肉芽を弄る右手の動きは止めない。
「い・・や・・ぁうん・・・あ・・・。」
悶えながら操は徐々に力が抜けるのを感じていた。
「僕もよくは知らない。草木世のほうで曰の気配が途切れた。葉山の孫と接触を持ったのはわかってるんだけどね。まあ、僕達には素晴らしい切り札がある。何も心配することはないよ。」
にやりと笑って自分の首筋を舐める刹を、操は振りほどくことができなかった。
逃れられない・・・。
それは、絶対的な絶望。
漣・・・漣・・・
再びソファに引き倒され、今度は刹の剛直が濡れた襞に押し入ってきた。
「うぐぅあ・・・ああう!!い・・や・・・いや・・!いやああああっ!」
魂の陵辱。それは、そう呼ぶに相応しいものだった。
存在全てをひっくり返される。そんな瘴気が操の心も体も犯し尽くす。
「いやああっ!!漣!!漣!!いっやあああああ!!!!漣ーーーーーーーー!!!」
流れる操の涙が、徐々に闇色に染まる。
もはや、瞼の裏には、残像すら見えなくなった。

静寂が広がる茶室。そこに3人はいた。
静かに正座している遙と漣の前で、由美子が茶を点てている。
こんな・・呑気なことしてる場合じゃねえんだけどな・・。
操や活性化した言妖を思うと、漣は落ち着いて座っている場合ではなかった。だが、由美子は一向に焦る気配すらない。いらいらとし始めた漣の目の前に、豊かな泡を立てた抹茶がすいと差し出された。
「まずは一服お飲みなさいな。あなたが落ち着かないことには何も始まりませんよ。」
「しかし・・・!」
「さあ、お飲みなさい。」
言霊が潜んでいるのではないか。
そう思わせるほどに由美子の言葉は絶対的なものであった。渋々茶碗を手に取ると、漣は注がれた抹茶を少しずつ啜っていく。
「言司の始まりを知っていますか・・?」
由美子の唐突な問いに、漣は頷いた。
「もともと古来、言葉は魂を持っていた。それが言霊で、それを操るのに長けた神下ろしの家系が葉山だと。」
「そう。それが普通にあなたたちに言い伝えられている部分です。」
由美子の言葉に漣は怪訝そうに飲み干した茶碗を置いた。
「どういう・・意味ですか・・?」
「言霊を操るものは、人を、そして世を制する。この、とてつもない力に酔いしれ、この世を制そうとした愚か者の一族がいました。それが痲桐です。葉山は痲桐と争い、これを制します。そして、両方の長がその強大すぎる力を双方とも削るべく施したものが「言司の呪い」です。痲桐は葉山によって言霊を操る力を子々孫々10代に渡るまで初代の力を分割されました。つまり、痲桐の子々孫々10代の力を合わせてようやく本来の痲桐の力となるのです。葉山は、言司がそれだけでは力が発動できぬよう、巫女との力の分割をさだめられました。六芒星を持つ葉山の言司は、必ず五芒星を持つ分家の巫女と結ばれるのです。ところが・・。」
そこで一旦由美子は言葉を切り、漣が置いた茶碗を取って袱紗の上に置く。取った茶碗を清めながら言葉を続けた。
漣と遙は一言も発することができなかった。漣は、今、自分が初めて知る事実に衝撃を受けていたのである。
「4代前から痲桐の動向が全く目立たなくなっていました。草木世では密かに痲桐の動向を調べ監視していました。そして・・恐ろしい事実を知ったのです。」
「恐ろしい・・事実・・?」
由美子は頷くと、次の茶を点て、遙の前に置いた。ほぼ条件反射のように茶碗を取る遙を一瞥して、由美子は言葉を繋いだ。
「痲桐の当主は、自分の魂を、代々子孫が生まれる度にその肉の器に移し変え、その魂を食っていたのです。」
「・・・なんだって!?ということは、あの痲桐秀隆はもう何代も前の痲桐の当主の魂を持っているってことなのか!?」
「そしてその後の当主の魂も全て・・。」
漣の背筋を冷汗が伝う。泰山がかなわないはずだ。泰山は巫女である祖母を数年前になくしている。いくら泰山が史上最高の言司とは言え、そんな化け物のような相手にかなうのは難しいだろう。巫女がいて五分五分。当然、漣にかなうべくもない。
「この来るべき未来を予測した草木世の祖先は、葉山の家系に特別の呪を施したのです。そもそも草木世は傍流とされていますが、それはあくまで味方をも欺くための表向きのこと。本来、草木世は過去の葉山の嫡子の血を継ぐ、本家の裏とも言うべき存在なのです。」
「その・・特別な呪とは・・?」
漣の低い声はからからに乾ききっていた。今明かされようとする事実に緊張を隠しきれないせいである。その漣をまっすぐに見つめて由美子は微笑んだ。
「いずれ産まれるであろう痲桐と戦うべき葉山の嫡男に、六芒星と五芒星を与え、初代の葉山の力を封じたのです。それをとく鍵として、草木世の同じ年に生まれる女子に六芒星を与え、この二人が結ばれることによって痲桐と戦うための切り札としたのです。何故生まれつきにその力が使えなかったのか。それは、あなたがその力を使うに相応しいかを草木世が見極める必要があったからです。そのために、ずっとあなたを見守ってきました。表から、裏から。漣君。あなたはお父さんによく似た正義漢だわ。私は、草木世のものとして・・そして、遙の母として、安心してあなたに遙を任せられます。」
柔らかい微笑みと共に由美子は漣に頭を深く頭を下げた。茶道で言う、真の礼。その由美子に、漣は慌てて頭を掻いた。
「ちょ・・ちょっと待ってよ、おばさん!遙の気持ちはどうなるんだよ!いきなりそんなこと言われて、納得できないだろ?遙?」
泡食って由美子にまくし立てながら漣は遙を見た。今まで一般人の生活をしてきた遙である。いきなりそんな現実離れしたことを言われた上に、結ばれる相手まで勝手に決められたのでは普通はたまらない。その遙は、案の上、困惑した顔をして漣と由美子を交互に見ていた。
「どちらにしろ・・余り時はないのです。あなたの葉霊・・・操といいましたか。彼女も痲桐の手に落ちました。恐らく、すでに彼女は葉霊ではないでしょう。そうなれば、彼女は私たちの恐ろしい敵となります。」
「なんで・・それを・・・。」
驚く漣に由美子は微笑んだ。
「言ったでしょう?草木世はあなたをずっと見守ってきたと。あなたが傍に従えていた葉霊は、ただの葉霊ではありません。初代の葉山が使っていた葉霊なのです。」
「なんだって・・・!?」
葉霊は当然外見的に年を取らない。だが、いかにも現代っ子然とした操がそこまで長く生きているとは漣は知らなかったのである。
操が・・・葉妖に・・・
考えただけでも恐ろしかった。敵として操を見ればその実力も確かに恐ろしい。だが、何より自分には操に刃を向ける自信がなかった。
「漣君。わかってるわね?時間はないの。今夜一晩。今夜一晩だけ時間をあげましょう。二人で考えなさい。遙、いいわね?」
由美子の問いかけに遙はかすかに頷いた。夜が白みかけているのか、茶室には朝の光が差し込もうとしていた。由美子は遙が置いた茶碗を持って立ち上がる。
「遙。二人で離れにおいきなさい。食事は好きなようにしていいから。」
促されるままに立ち上がり、遙は漣を見た。
「とりあえず・・いこ・・?」
今はゆっくり考えたかった。何もかも。二人で。

「漣。散歩しようか?」
明るく言う遙に、漣はなぜか抗えなかった。今は痲桐が狙っているから危険だとか、それどころではないとか、いろいろ言いたいようなことはあったのだが、遙も自分も混乱している。確かに落ち着く時間は必要かもしれない。漣は二つ返事でその提案を受け入れた。
草木世の屋敷も、表向きは葉山の資金源として大企業を経営しているため、かなり敷地は広い。遙は、中庭を通じ、裏の林へと抜けるルートを選んだようだった。
「手、つなご?」
はにかんで言う遙の手を取ると、漣は繋いだ二人の手をコートのポケットに押し込んだ。冬の朝は寒い。二人の息は白く、空気は肌に突き刺さるようだった。二人、手を繋いだまま雑木林の中を無言で、ゆっくりと歩いていく。
「・・・おどろいたろ?」
沈黙が齎す空気の重さに耐えかねて。そして、混乱した遙の気をほぐすために漣は声をかけた。遙は小さく頷く。
「・・・ん。」
「・・でもさ、俺もほら、結局は変わんないから。」
「・・・・ん。」
「俺は俺のままだし、遙は遙のままだし。何も変わんないよ。」
「・・・・・。」
不意に、遙が足を止めた。つられて足を止めた漣の顔を不安げにじっと見つめている。
・・・そりゃそうだよな・・。普通の人間だと思ってた幼馴染が化け物みたいな力を使うんだもんな。
遙のその視線に漣は覚悟を決めた。
「遙・・・。」
「漣・・・。言司って・・・危ないの?」
「え・・・?」
てっきり、侮蔑の言葉を投げつけられるものと覚悟した漣の耳に心配げな遙の声が届く。
「そりゃまあ・・さっきみたいな戦いもあるしな・・。」
「じゃあ・・漣が今まで怪我したりしてたのってそのせいなんだ・・。」
「げ・・お前知ってたのかよ・・。」
隠してたはずの怪我は幼馴染にはばればれだったらしい。恥ずかしくなって鼻の横を掻く漣を見つめて遙は小さく微笑んだ。
「だって、ずっと漣のこと見てたんだもん。こーんなちっちゃい時から。」
そう言いながら人差し指と親指の間に僅かな隙間を作っておどけてみせる。そんな遙の頭を軽く小突いて漣は笑った。
「ばぁか。そんなにちっちゃかったら見れねえよ。」
頭を小突く漣の手を遙の冷たい手が握った。そして、瞳が見詰め合う。
「遙・・。」
「漣・・あたしね。今までちょっと寂しかったの。」
「・・・寂しい?」
遙の意外な言葉に漣は首をかしげた。明るくて愛らしく、誰にも好かれる遙は『寂しい』などという感情からは無縁のように感じたからだ。漣もそれなりに傍にいたからわかる。が、漣の疑問に遙は頷いて見せた。
「うん。漣が何かを抱えているのはわかってたのに・・それが何かもわからなくて・・・怪我しても聞けなくて・・・。ずっと、蚊帳の外みたいで、寂しかったの・・。」
「そ・・か・・・。」
そうとしか言いようがなかった。今までは何も言えなかったのだから。突然学校を早退しても、学校を無断で休んでも。葉山に縁のある学校だからそれで済んだし、漣もそれが当たり前だと思っていたから。
「でも・・今、漣は、あたしが必要なのよね?あたしの存在が必要なのよね?」
「・・・そうだな。」
素直には頷けないがそれは事実だ。そんなことだけで遙が必要なわけじゃない。だが、今それを言っても言い訳のような気がしていえなかった。漣は押し殺した声で頷いた。
「じゃあ・・・あたしはいいかな。」
どちらかというと嬉しげに言う遙の肩を掴んでその瞳を覗き込む。
「おい、言ってる意味わかってんのか?その・・結ばれるってのは・・・。」
「わかってるよ。」
言いよどんだ漣の言葉を遮って遙は微笑んだ。ふわりと、優しく。
「漣。好きなの。漣は・・あたしのこと、言司として必要なだけかもしれないけど・・・あたしは、ずっと漣が好きだったの。だから・・・嬉しいの。漣の役に立てて、嬉しいの。」
それが、一世一代の告白だったことはいかに漣が朴念仁といえど、小刻みに震える肩と、泣き出しそうな遙の顔を見ればわかる。そこにいつもの生意気な幼馴染の顔はない。一人のかわいらしい、恋をする女の子の姿があった。頬の温度が少しばかり上がるのを感じながら漣は遙を抱きしめた。自分が大事に育んできたもの。それが、胸の中にある。
「ばぁか・・。言司と巫女ってのは・・昔っから大恋愛するって相場が決まってんだよ。」
「れ・・・。」
照れ隠しのように言う漣の言葉を聞き返そうと顔をあげた遙の唇を漣の唇がそっと塞いだ。
「ん・・・。」
その途端、漣をかつて経験したことのない眩暈が襲った。熱の塊ともいうべきエネルギーの奔流が体を駆け巡り、両手の五芒星と六芒星が熱くなるのを感じた。遙を抱きしめる体が震え、汗ばむほどに熱くなる。同時に、閉じた瞼の裏でスパークとハレーションが起こる。まるで、口付けただけで絶頂に達したがごとくであった。
それは遙も同じことで、ほんの少し唇が触れただけだというのに、息が上がり、その場に立っていられなくなる。縋りつくように漣に抱きつき、コートをしっかり握り締める。
「遙・・。」
「漣・・・。」
後は無言だった。漣は遙を横抱きに抱き上げて雑木林を抜ける。向かう先は、離れだった。

メイド服から、体にぴったりとしたライダースーツに着替えて、英は草木世の屋敷の外れに立っていた。肩で切りそろえられた黒髪。切れ長の瞳。そして、谷間を露にした豊満な胸。若い恋人たちを遠くに見守りながら、空を見上げる。
「泰山様・・・。きちんと命を果たして、そちらへと参ります。」
葉霊である自分を嫌ったこともある。だが、そんな自分が言霊として誇りを持ち、心底仕えたのが泰山だった。敵討ちなどはしない。自分には、泰山に託された大切な使命がある。
近づいてくる強大な気配に、英は歩き出した。なんとしても、守らなければならない。それが、彼女のためでもあると信じて。

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