クリムゾン レイヴ12

「真実」は一つだけだとは限らないようです。
それぞれが受け止めるそれぞれが真実・・。
時にそれは鏡に映る姿すら歪めてしまう事があるそうです。

『本当のあたしを見せてあげる・・・』
その言葉に操られるように、高松達三人は路地裏のさらに裏。こんな場所があったろうかと思うほど人気のない路地に出た。だが、今の高松達にそれを考える余裕はない。目の前の少女が止まると、同じくして足を止めた。
「水川・・・」
かすれた声で高松が少女の名を呼ぶと、少女は淫靡な笑みをその唇に浮べて振り返る。もはやその顔はいつも見る、にきびだらけの太った少女の姿ではなかった。全ての男を誘わずにはいられぬ妖艶な美女の姿。やがて美女は、薄く妖しい笑みを纏いながらその着衣を一枚ずつ脱ぎ始めた。
「う・・・・。」
視線を縫いとめられたように美女に貼り付かせたまま高松達は微動だにしなかった。いや、できなかったといった方が正しいかもしれない。徐々に晒されていく白い肌に豊満な胸、くびれた腰、引き締まった尻。肉感的な太腿にすらりと伸びた足。全てが男たちを魅了し、釘付けにした。そこに瑞江の面影は欠片もない。ただ男たちを惹きつけるためだけの美貌と肉体が存在していた。誰かが来たら・・・もし、見つかったら・・・。そんな考えが頭の端を霞め、そして消えていった。
「『さあ・・来て・・・。』」
美女が口を開いた。
抗いがたい誘惑。何より、言葉の持つ強制力に高松達は誘われるままに美女に近づいていく。もはやそこに己の意思は存在しない。ただ、言葉の持つ魔力に操られるままに体が、意思が従うのみであった。
「『あたしに傅き、あたしに奉仕しなさい。あたしの美しさを認め、あたしに快楽を齎しなさい。』」
反論の余地はどこにもない。3人は、命じられるままに跪き、瑞江の足を舐め始めた。
ぴちゃ・・ぴちゃ・・・ちゅ・・・
舌が足を丁寧に舐める淫靡に響き、徐々に美女が恍惚とした表情になっていく。時折その顔にもとの瑞江の顔がオーバーラップするものの、男たちは気づく気配もなくただひたすら瑞江の足を舐めている。その舌が徐々に上がり、膝を這い、股を這い、やがて誰も触れぬ秘唇の割れ目に到達する。
「ぁあん・・・そこ・・いい・・・。」
自ら足を開き、男達の舌を受け入れた。すでに濡れそぼって愛撫を待ち受けるその割れ目は一人に任せ、他の二枚が徐々に腹を伝い、二つの豊かな膨らみに到達する。二枚の舌は丹念に柔らかい双球をなぞり、その先端を柔らかく舐め、吸い上げる。
「あ・・いい・・ん・・気持ちいい・・・。」
美女の唇から快楽に染まった喘ぎが漏れた。3人の男たちは、その手を使うことなく一心不乱に美女の体を舐めている。やがて、その唇から、時折呟くような言葉が漏れ始めた。
 ・・美しい・・・なんて美しいんだ・・・・
それはまるで呪文のようでもあった。不思議なことに、時折垣間見える本来の瑞江の顔からにきびが薄れ、脂肪が薄くなっていくようにも見える。
ああ・・嬉しい・・あたし・・美しい・・・骨の髄まで美しくなっていく・・・
快楽が増すごとにその思いが確信へと近づき、満足感も増していく。男達の呟き、蜜を舐め啜る淫靡な音が瑞江を押し上げ、高揚させていった。
やがて男の片手が胸を揉みしだき、もう片方の胸を舐め、先端をしゃぶる。もう一人の男は背中を丹念に嘗め尽くし、尾骨の辺りを擽るように舐めると尻の割れ目を押し開いて綺麗に窄まった菊座を丁寧に舐め上げていく。舌を奥まで押し込み、直腸までも舐め取りそうな勢いで尻に顔を押し付けている。秘裂を舐める男はただひたすら無心にその襞を舐めしゃぶっていた。恥垢を綺麗に舐め取り、膣口を丁寧に舌で辿る。唇にクリトリスを挟み込み、時折吸い上げては舌で小刻みに舐めていく。
「あふ・・ん・・ん・・あう・・・いいわ・・いい・・・。」
その間にも美しさを湛える呟きは間断なく瑞江の耳に響いている。今まさに、瑞江は幸せの絶頂にあった。いつも瑞江を虐げ、蔑んでいた男達が3人も瑞江に傅き、その真なる美しさを湛えている。これほど心地よいことが他にあっただろうか。
気味がいいわ・・。
劣等感と憎悪に裏付けられた快楽と優越感。瑞江は酔いしれていた。普通であるはずがないこの状況に。自分でも認められない己の容姿がそう簡単に変わるはずがない事実を今も認められずにいた。
今、この状況が彼女の全てだった。
そうよ・・。美しければあたしはこうやって快楽を手に入れることができる・・。男たちを跪かせることができる・・・。もう、誰も馬鹿にされたりしない・・!
「今のあんたが、馬鹿よ。」
「・・・!?」
唐突に聞こえる声に瑞江は慌てて周囲を見回した。
馬鹿な。ここには誰も入って来れない『はず』なのに・・・!?
見回した視線の先、壁にもたれるようにしてその存在はあった。黒いスリムジーンズに右肩を出した大きめのセーターは鮮やかな濃紺。黒い皮のショートブーツを履き、長い髪はトップでポニーテールに結い上げてある。
「・・・誰?!邪魔をしないで!」
瑞江の叫びに操はふんと小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あたしが何者だろうがそんなことはどうでもいいわ。今すぐおやめなさいな。そんなことをしても何も変わりはしない。どうせならまともに自分を磨いた方がなんぼもましよ。」
操の言葉に瑞江はぎりっと奥歯を噛んで激しく睨みつける。その目は不穏に赤く光り、眼球は血走っていた。
「あなたみたいに・・あなたみたいに顔や体に恵まれた人に何がわかるって言うの!?最初から美人に生まれついた人にあたしの気持ちなんかわからない!」
「わからないわよ、そんなもん。」
激昂する少女に操は難なく言ってのけてみせた。言霊である彼女は真情から発する人の言葉をまるで空気のように肌で感じる。だから、その言葉そのものは嘘だ。だが。
「太ったりブスだったりなんてのは大抵自分のせいなのよ。それを人のせいにして楽してどうにかしようなんて考え方、あたしだいっ嫌い!そんなことする前にパックの一つもして、おやつの一回も抜いたほうがよほど前向きだわ。他力本願じゃ綺麗になんてなれないもの。」
「な・・・。」
「困るねえ、邪魔してもらっちゃ。」
食って掛かろうとした瑞江の言葉を遮って、男の言葉が響く。睨みつける操の眼前で、瑞江を隠すように黒いセーターに黒いスラックス。黒い皮のハーフコートを着た男が霞みが滲み出すように姿を現した。
「曰・・・あんた・・・。」
「『続けていいよ。もっと楽しみなさい。』」
激しい表情で睨みつける操を尻目に、曰と呼ばれた男は瑞江に言霊を仕掛ける。すぐに瑞江は禍々しいとも言える笑みを浮かべて、男たちとの行為に再び沈んだ。
「葉妖になっていたのね・・?」
「違うな。『言妖』だよ。」
くすくすと馬鹿にしたような笑みを浮かべて曰は壁にもたれた。逆に操が身を起こし、腕組みをする。
「全く・・なんだって一緒よ。人間の憎悪や欲を食らうようになったら葉妖も言妖も差があるもんですか。」
憮然として言う操をくすくすと笑ってみながら曰は自分の顎をするりと撫でる。
「操もこっちに来たらいいじゃないか。あんなトウヘンボクじゃなくてね。僕達といたほうが楽しめると思うよ?」
「お断りだわ!言霊にだってプライドってものがあるのよ。あんたたちみたいなのを言霊だといわれたら怖気がする!どうせ痲桐が親玉なんでしょ。あんなのに使われるなんて最低よ!」
「おや、どうしてもだめかい?」
小馬鹿にしたようにくすりと笑う曰に憤然と操が答える。
「当たり前でしょ!」
「仕方ないなあ・・・。じゃあ、力ずくで頂こうかな。たまにはそういうのもいい。」
しまった・・!
操がそう思ったときにはすでに遅かった。禍々しい笑みが曰の口元に浮かび、勝ち誇ったように瞳がきらめく。その途端、するりと壁から染み出した腕が操の体を捕らえたのである。
「な・・!?『離せ!』」
言霊は、強烈な紅い光を伴って絡め取る腕を跳ね除けようとする。が。
「『縛』!!」
前と後ろ、同時に響いた声が操を縛り付けた。
「く・・そんな・・斎・・・」
腕に続いてずるりと男の体が姿を現す。黒ずくめのその姿は紛れもなく斎の姿であった。
「・・こういうのは趣味じゃないがな・・。」
渋面でぼやく斎に曰がくすりと笑う。
「まあ、そういうなよ。こうして操ちゃんを仲間にできそうだしな。」
「誰が・・・あんたたちなんかに!」
「『黙』」
斎の言霊に操の言霊は封じられる。出せない声を必死に出そうとしながらも操の双眸は激しく二人を睨みつけていた。
「声を聞くのも好きなんだけど、まあこの場合は仕方ないな。」
肩をすくめて曰がいうのを聞き流しながら斎は操の体を担ぎ上げる。
「俺は向こうで刹が戻るのを待つ。お前は?」
斎の問いに曰は瑞江達の嬌態に視線を向けた。
「そうだな・・。刹があれを食べたいだろうしな。二人で美味しくあれを頂いてから戻ることにするよ。」
一つ頷き、斎は操を抱えたまま壁の中に消えた。
「さて・・・刹はどうなってるものやら・・。」
ますます激しくなる痴態を見ながら、曰はその目を細めてくすりと笑った。

ピチャン・・・カコーン・・・・
竹が石を打つ音が響き、泰山は静かに立ち上がった。そのまま無言のままに部屋を出て、砂利を敷いた中庭に出る。
「・・・いい加減出てきたらどうかな?」
声に応じて気配が姿を現した。黒いジーンズにだぶついたセーター。黒い帽子。茶色がかった短髪。
「会うのは初めてかの・・?痲桐の。」
「なんだ。正体もばれてるのか。」
含み笑いを漏らし、秀隆は帽子を脱いだ。
「お初にお目にかかります。葉山のご隠居殿。しがない言司の末の痲桐秀隆と申しまする。」
ふざけた大仰な口調で言いながら大仰に会釈をし、にやりと秀隆は名乗った。
「言司というには瘴気を吸い過ぎておるようだの。水垢離で清めてこんかい。」
泰山の言葉にくすくすと笑って秀隆はふわりと浮いた。
「嫌ですよ、ご隠居。この寒いのにそんなことをしたら風邪引いちゃうじゃないですか。」
「化け物でも風邪をひくのかの?見た目どおりの年ではないと思うたが?のう、『刹』。」
老人の言葉に秀隆の笑みに禍々しさが篭る。
「なんだ・・そこまでばれてんのかい・・。」
漏れる声もどこかしわがれ、瞳に老獪さが宿る。
「ならば吐いてもらおうか、葉山の。あんたんとこの孫の巫女はどこにいる?」
秀隆の問いに泰山は軽く肩をすくめる。
「知らんものは吐きようがない。」
さらりと言う泰山に秀隆、いや、刹は剣を帯びた視線を向ける。
「じゃあ、あんたの頭に直接聞こうか。そのほうが手っ取り早いし邪魔ものは早めに消しておきたいしね。」
「物騒なこっちゃのう?昔は西の痲桐、東の葉山と言うて優秀な言司の一族であったのに。堕ちたものよ・・。」
ふんと泰山の言葉を鼻で笑うと刹はその身に莫大な瘴気を纏う。その量は凄まじく、刹の傍の立ち木は一瞬にして枯れ果てた。それを受けて泰山もその身に気とも言うべき膨大な気配を纏う。その体はほの白く輝き、刹の放つ瘴気をまともに受け、跳ね返す。
「腐っても葉山の当主か・・・。まあ、いいや。孫の右手が目覚めなきゃあんたさえやっときゃいいわけだからね。遠慮なくいかせて貰うよ。」
不遜な物言いの刹に泰山はにやりと不敵に笑う。
「孫はわしより強いわい。冥土の土産に痲桐の首でも持っていくかの。」
「ほざけ!!『滅!』」
刹が動き、その右手に灰色の刃が産まれる。仄かに銀色に光るが、それはすぐに影に飲み込まれ、瘴気に満たされた曖昧な色へと変じる。灰色の軌跡を残しながら老人に肉薄すると、凄まじい気をはらんで刃が振り下ろされる。
ギン・・ッ
「ふん。甘いのう。」
泰山の左手には金色に輝く盾。真っ向から刃を受け止め、刹を見てにやりと笑った。その視線を受けて刹の唇が笑みをかたちどる。
「甘いのはそっちだよ。じいさん。」
「なに・・・!?」
メキ・・・・メキメキメキ・・・
わずかな音が響き、金色の盾に見る間に亀裂が走る。老人が気を込め、修復する傍から生じる亀裂に額に汗が浮かんだ瞬間。
バコォ・・・ッ
「がふ・・っ!」
泰山の盾が砕け、刃は泰山の掌を貫き、左鎖骨の下を貫通する。とっさに泰山が体をずらしたせいで急所は外したがこれで左腕は確実に封じられたことになる。
「『縛!』」
「『戒!』」
二人の言霊を受け、それぞれの右手から光鞭が飛ぶ。刹に紫の光が絡まり、泰山に闇色の鞭が絡まって縛め、締め上げる。
「ぐぁっ!」
「ぐ・・ぐぐ・・っ・・。」
二人の額に汗が浮かび、それぞれの言霊から逃れようと互いに気を張り巡らし、光鞭を操ろうとする。光鞭から放たれる気が渦巻き、嵐を巻き起こす。瘴気と清冽な聖気が入り混じったその嵐は、周囲のあらゆる息としいけるものを枯らせ、そして復活させる。永劫続くかと思われる長いせめぎ合いを制したのは、僅かに瘴気の方であった。
「グフゥ・・・ッ」
泰山の口から大量の血液が吐き出され、その膝をつく。対して刹の体に巻きついた光鞭は徐々にその色を失い、威力を失っていった。僅かに残った残り滓を振り払うように四肢を振るい、刹はにやりと笑った。
「・・年寄りが無理をするもんじゃないね。」
「な・・にを・・・。が・・っ。」
血が溢れる唇で何かを言いかけた泰山の頭部を刹の右手が掴んだ。その唇が邪悪な笑みを浮かべた。ゆっくりと赤い舌がその唇を舐め上げる。
「バイバイ。あんたの孫も、漏れなく僕が殺してあげるよ。」
バクゥ・・
手の中に飛び散った脳漿をじんわりと握り、刹は何かを読み取るようにそれを手の中でぐちゃぐちゃに握りつぶす。その顔に、忌々しげな表情が浮かんだ。
「ふん・・。ろくな情報はもってないな・・。が・・こっちは使えるな・・。・・・!?」
にやりと笑いかけた刹の唇から大量の血液が吐き出された。
「な・・に・・・」
体を見下ろせば僅かなきらめきが胸に見えた。慌てて引きずりだせばそれは光の針。
「・・・味な真似を・・・。」
その細い針を音を立てて折り、血塗れの右手はそのままに刹は闇に溶けるように姿を消した。

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