れっといっとびぃ7

「なあ・・・ラリサ・・・。」
「言わないで。」
「でも・・。」
「お願いだから言わないで。」
絡み合う視線。
背中を伝う冷や汗。
そして、からからになった喉。
「・・・・でも、どうやったって道に迷ったって言わないか?これ・・。」
「だから言わないでって言ったのにぃいいいいいいいいいいっ!」
あたしの絶叫は遠く、砂漠の風に運ばれて消えた。

そもそも、村で教わった限りでは砂漠ははるか北に位置するはずだった。
・・・ちょっと掠めるかも・・とは聞いていたけど。
それまでは少々暑いが、延々とステップが続くと聞いていたのだ。町まで2日。・・・のはずが、町は影も形も見えてこない上にあたし達は砂漠のど真ん中にいた。いや・・・ど真ん中なのか端っこなのかだってわかりゃしないけどさ。
「いったいこれ、どゆこと・・?」
「俺に聞くな。」
まあ・・そうなんだけどさ・・。他に聞く相手いないじゃん・・。
レオも少々くたびれているらしい。いらだった口調でげんなりとあたしを見た。
「隊商か何かとおんねえかな?そしたら町の位置なんかが聞けると思うんだが・・。」
「・・・・ここが隊商の通るルートならね・・・。」
あたしの言葉に沈黙が流れる。
そう、この砂漠に入って丸1日。あたし達は人っ子一人、らくだ一頭見てはいないのだ。
太陽の位置を確認しながらの旅路なので、方向としては間違ってはいない「はず」なんだけど・・。
いいかげん埃っぽく乾燥した髪に布を巻きつけ、重い足をひたすら前に進める。しばらく沈黙したままの行軍が続いた。
突然、レオが歓喜の声を上げた。
「おい!ラリサ!あれ!」
「え。なぁにぃ?」
気だるげにレオが指差す方を見る。
「お?おおお!!」
「な?『町』だ!!」
確かにそこにはぼんやりと町の姿が砂煙に浮かぶように見えていた。
「やっと着いた!」
「やっぱり間違ってはいなかったのね!!」
一気に元気を取り戻し、あたし達は重い足を奮い立たせるように歩いたのである。
が。
その町は歩けど歩けど近づく気配すらなかった。
「・・近そうに見えたのにね・・。」
「よほどでかい町か・・?」
「砂漠のど真ん中で・・・?」
「・・・・。」

・・・・・さらに経過・・・・

「おかしい・・よね・・。」
「うむ・・。」
「ああっ!!!???」
「どうしたっ!?」
「消えたっ!!!!????」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
今まで確かにあったはずの町はあたし達の目の前から跡形もなく消えていたのだ。
「もしかして・・これが蜃気楼ってやつか・・?」
「シンキロー?何それ?」
レオがつぶやいた聞きなれない言葉にあたしはその場にへたり込んで尋ねた。
「砂漠でな。ありもしないものが見えたり、目の前のものが異様に遠くに見えることをそう言うらしい。俺も実際に目の当たりにしたのは初めてだが・・。」
「つまり・・・。」
へたり込んだままあたしはどっとため息をついた。
「やっぱり町はない・・ってことなのね・・・・?」
「・・・・・・。」
砂漠を熱い風が吹き抜けていった。・・・でもちょっと寒い・・・・。
「砂漠の馬鹿やろぉおおおおおおおおっ!!!!」
レオの絶叫にいたく同感しつつあたしには叫ぶ気力もなかったり。
風に巻き上げられた砂埃の中、ぼんやりと振り返ったあたしの目に何か黒い点のようなものが映った。
・・・なんだろう・・?
それはどんどん近づいてくるように見えた。見ようによってはらくだに跨った人間に見えなくもない。
また・・蜃気楼・・?
「ねえ、レオ。あれも蜃気楼かな?」
「あ?」
気のない返事で振り向いたレオの目にも同じものが映ったらしい。
「蜃気楼・・だろうなあ・・。」
ボーっと眺めるあたし達の目に、その蜃気楼はどんどん近づいてくるように見えた。
「最近の蜃気楼ってよくできてるよねえ。」
いや、昔の蜃気楼なんて見たことないけど。
「ほんとだなあ、まるで本物だぜ・・。」
シャ・・シャ・・シャ・・・
かなりリアルにらくだが砂を踏む音まで聞こえてくる。
「あの・・・どうされました?」
「あ・・・蜃気楼が喋った・・・。」
「はぁ?」
こうしてあたし達は、何とか窮地を逃れることができたのだった。
旅人は、アッサムと名乗った。このあたりで薬の卸商人をしているらしい。
・・・どうでもいいけどべたな名前ね。
「町ならここから半日も歩かずにつきますよ。」
付き合いがいいらしい彼は今はらくだを降りてあたし達と歩いてくれながらそう言った。
「ほえ・・?そうなの?」
意外な言葉にあたしは思わずボケた顔をしてしまう。ついでにきょろきょろあたりを見てみるけど町の影らしきものはまったく見当たらない。
「このあたりの砂漠は最近になって急にできたものなんですよ。異常気象が続いて、北の砂漠がどんどん広がってるんです。そのせいか、蜃気楼が酷くてほんの目の前に来るまで町の存在がわからないことも良くあるんです。」
「へえ・・・・そーなんだあ・・・・。」
ここはもう、感心して頷くしかない。世の中いろいろあるものである。
「しかし何でまたそんなことになっちまったんだろうなあ?」
確かに。砂漠が急に広がるなんてあまり考えられないことである。
「いろんな噂がありますよ。その中でも有力なのは邪教集団が関わってるって言う噂ですかね。」
・・・・!?
「今、邪教集団って言った?」
鋭いあたしの問いにアッサムはのほほんと頷く。
「ええ。なんでも邪教集団がイフリートの宝を盗んで怒りを買ったからだとか、邪悪の女神、メリッサに祈ってこの辺りを呪ったからだとか、いろいろ言われてますねえ。」
イフリートとは炎の上位精霊のことを指す。普通あたし達が炎の精霊魔術を使うときはサラマンダー(別名 火蜥蜴)という下級精霊を使うんだけど、イフリートはその親玉。よほどレベルの高い精霊使いでないと交信ができないし、気性が荒いから一歩間違えばこっちが消し炭になってしまう。
メリッサはマイナーどころの邪教の女神。主に病気とか呪いをつかさどるって話だったような気がする。大体神様なんてたくさんいていちいち名前なんて覚え切れやしない。
あたしはレオをすかさずちらりと見た。レオもあたしを見ている。どうやら二人とも考えていることは同じらしい。
「アッサムさん、あなた、これからいく町のこと、詳しい?」
「ザブールですか?まあ、少々は知ってますけど。私もあの町で商売をする身なんで。」
「良かったら、教えてくれない?」
「いいですよ。後2時間も歩けばつきそうですしね。ほら。」
指差すアッサムさんいあたし達はそのほうを見た。
「うわ・・・。」
「へえ・・・。」
今まで砂漠だと思い込んでいたその先に、町の外壁が建っているのがうっすらと見えた。
「ね?すぐでしょ?町に入るまでの間、私が知ってることでしたらなんでもお教えします。あ、品物の仕入れ値は秘密です。」
・・そんなこと聞かないけどさ。

町は思ったより活気があった。埃っぽいのには辟易するけど、これはみんな同じだろうから我慢する。
ただ、驚いたのは水がワインよりも高いという事実。エールより高いところは結構あるんだけどさ。エールっていうのは麦を発酵させて作ったちょっと苦味の利いたお酒のことだ。
それでもあたしはアルコールが飲めないので我慢して水を頼んだ。よく考えたら果汁でも良かったんだけど。
「ちょっと前だったらここらへんも緑があって水もそれなりにあったんだけどねえ。今じゃ水は貴重品だよ。ありがたーく飲んどくれ。」
なにやら偉そうに言って水をコップに半分注いでくれたおばちゃんにあたしは「高いぞ!!」とも言えずにご飯を注文することにした。ちょっと早いけど晩御飯である。
しかし・・・コップに半分で10ガルドぉ・・?詐欺や・・・。
「仕方ないだろ。砂漠の国じゃもっと高いところもある。」
あたしの顔色を読んでかレオがこそっと言った。
「へえ、結構あちこち行ってるの?」
少しぱさついたサラダを詰め込みながら聞くあたしにエールのジョッキを傾けながら器用にウィンクを返す。
「まあ、傭兵やってたからな。それなりにはいろいろ行ったよ。」
「どこらへん?」
「んー・・・まあ、南のほう・・とかかな。」
なんとなくお茶を濁された風もあるけどそれ以上聞かないことにした。あたしだって決して胸張れる身の上じゃあないしね。
「とりあえず、これからどうする?」
「んー・・・。」
レオの質問に少し考え込む。
アッサムさんから聞いた話だと、このザブールという町はこの辺りではそこそこ大きな町らしい。なんでも神殿の勢力が強く、その中でも特にユスティという正義をつかさどる神様を祀る神殿が強いとか。このユスティという神様は主神と呼ばれるほどメジャーな存在で、「正義こそ力なり!」がモットー。そのせいか小さな嘘も罪になっちゃうやっかいな一面もあり。
・・ということは逆になにが言えるかというと、ここの盗賊ギルドは義賊である可能性が高いってことだ。後で顔出しとこ。
ギルドも結構整備されているらしく、情報はある程度入手できそうだ。
「・・・まずはギルドに行ってみましょうか。寝るまでもう少し時間有りそうだし。どうせ宿も取らなきゃいけないしね。情報仕入れないことにはまったく動きが取れないわ。」
「まあ、そうだな。」
あたしの提案にあっさりレオは頷いた。多分同じようなことを考えたんだろうと思う。情報が命。だがその前に・・・。
カカッ!
二つのフォークがぶつかり合い、一つのポークソテーに同時に突き刺さる。
「・・・・あたしが!注文したんでしょ?」
「知るか。この肉が俺に『食べてくれ』と語りかけてきたんだよ!」
ぐぐ・・・・む。いかん。力で押されてしまう。
「あ。そういえば唐揚げ残ってた。」
「なにぃ!?」
ひょい、ぱく。
「し・・しまったぁあああああっ!!!」
「むふふ♪作戦勝ち♪」
こんな単純な手に引っかかるのもどうかとは思うけどねー。
「く・・こうなったらベッドでリヴェンジしてやる・・。」
「かかってきなっさーい♪」
・・・・あたし達って、結構平和かもしれない・・・。

まだ空には夕暮れの赤が残ってはいるけど、すぐにそれも消えてしまいそうな、そんな時刻。あたし達は今夜の宿を取り、荷物を置いてすぐさま宿で聞いた冒険者ギルドに向かった。結構大きくて頑丈なつくりをした建物にはいかにもならず者という風貌の冒険者達がひしめき合っていた。・・冒険者なんて、ならず者の集団だしね。
「すごい人ね。みんな仕事探してるのかしら?」
「あれじゃないか?」
レオが指差した先を見ると掲示板に大きく張り紙がしてあるのが見える。なるほど、みんなそれを見ているようである。
「どれどれ・・・
『勇猛果敢なる冒険者求む!
 
 先般よりの調査にて、北の砂漠の『封印の塔』より『イフリートの涙』が邪神たるメリッサの教徒によって奪われたことが発覚した。
 したがって、『イフリートの涙』を邪教神殿より奪還し、『封印の塔』へ運搬するために勇猛果敢なる冒険者を募りたし!
 我こそはと思うものはギルドを通じ、ユスティ神殿、神官長マーフィー・ゴーストウッドまで名乗り上げられよ。
報酬は成功したもの一人に着き10000ガルド。

          ザブール ユスティ神殿 最高司祭 エドワード・ユニ』
だってさ。」
読み上げてくれたレオを見上げ、あたしはしばし考えた。
「どうする?」
ひょいと片眉を上げてレオはあたしを見下ろす。その肩を軽くすくめ、再び視線を張り紙に戻した。
「受けてもいいんじゃねえか?どっちにしろ首突っ込む気だったんだろ?」
ばれてーら。
あたしは肩をすくめて再びこちらを見下ろしたレオに頷いた。
「まあね。依頼の日付はいつになってる?」
「2ヶ月前だな。」
「えらく前ね・・・。」
つまり、それほどこの依頼が難しいということだ。報酬の額もさることながら2ヶ月たった今もまだ張り紙が張られつづけている。大金に惹かれて受けるものは多いのだろう。この人手がそれを物語っている。だが、成功者がいない・・。もっとも、危険を恐れていてはこの稼業はできないのだけども。
レオは店の隅に黙って腰掛けているリュート弾きの女に目をつけたらしい。もちろん、ああいうのは楽器をひくのだけが生業じゃない。
「ちょっといいかい?」
レオの声に顔を上げた女は艶やかに微笑んだ。
「あら、お兄さんみたいにいい男ならいつでも大歓迎よ。」
「そりゃどうも。」
女のお世辞にレオも照れるそぶりもなく肩をすくめる。あたしは二人が見えるところに立ち、壁にもたれた。こういうところは、レオのほうがうまく立ち回るだろう。彼はあたしと旅をするまでギルドで仕事を得てきたのだから。
レオは女の隣に腰掛けると、親指で張り紙の方を指す。
「あの依頼さあ、結構金がいいみたいだけど誰か受けたやついんの?」
レオの質問を聞きながら女はリュートを爪弾く。もっとも、この喧騒じゃあ聞こえないけど。
「受けただけならかなりいるわよ?でも、まだ誰も帰ってきてないわ。」
「ふーん・・そんなに難しい依頼なんかね、やっぱ?」
「ふふ・・だって向こうには『アッシュ・オブ・デス』がいるんだもの・・。そう簡単にはいかないんじゃなくて・・?」
『アッシュ・オブ・デス』・・・死を齎す灰。噂は聞いたことがある。正体不明の暗殺者。狙った相手は確実に仕留め、誰もその姿を見たことがない。男なのか、女なのか、人間か魔物か。それすらもわからない存在だ。噂では邪教の呪術使いであるとも言われている。
レオもその名前は知っているらしい。ふむふむと頷いている。
「そりゃあたしかに危ないなあ。それで今まで誰も戻ってきてないってわけか。」
「死体は帰ってきようがないし・・・瀕死で帰ってきたものも中にはいるけど少数ね。女は例外なく帰ってきてないわ。」
女の言葉にレオの片眉があがる。
「ほう、なんでだ?」
「さあ?邪神の生贄にでもされたんじゃない?」
くすくすと笑いながら女は答える。やがて、リュートから離れた指がレオのブレストプレートにかかり、女はレオにしなだれかかった。
「ところで・・あそこのお嬢ちゃんはあなたのカノジョ・・・?」
ちらりとこちらを流し見てその鼻がくすりと笑みを刻む。
おにょれ、お嬢ちゃんだと?あたしは17だ!!
「いや、そういうわけじゃない。旅の連れだよ。」
レオの言葉は嘘じゃない。あたしとレオは肌は重ねてもそういう関係じゃないし、そういう感情もない。・・・はずだ。
なぜかあたしのほうを見てにや、と笑うと女はますますレオにしなだれかかる。
「じゃあ、あたしに乗り換えない?お嬢ちゃんよりは楽しませてあげられると思うわよ・・・?」
女のあからさまな誘惑にレオは軽く笑って椅子から腰をあげた。女の艶やかに赤い唇を親指でするりと撫でる。
「考えとくよ。じゃ、ありがとな。」
そして自分のもとを離れるレオに女は微笑んだ。
「考えといて。あたし、イスターシャって言うの。」
名乗る女を振り返らずにレオはあたしのところへと戻ってきた。そのままあたしの隣の壁にもたれる。
「まあ、聞いてのとおりだ。どうする?受けるか?」
「そーねー・・・。」
アッシュ・オブ・デスは気にならないといえば嘘になる。だけど。
「虎の子供を取るには虎のお尻にどうたらって言うしね。いっちょやってみますか。」
「・・・虎穴にいらずんば虎子を得ずって言いたいのか・・・?」
怪訝そうな顔のレオにあたしは思いっきり頷いた。
「そうそう!それそれ!」
なぜか苦笑いをしながらレオは頷いた。
「おっけ。俺は構わんぜ。早速受けるか。」
ぽんとレオの手があたしの頭に乗った。
・・・・子供じゃないもん。
初めて、あたしの胸がちくりと痛んだ。

そう言えば、レオっていくつなんだろう?
ギルドで手続きをして、ユスティ神殿に出向く道すがらあたしはレオの顔を見ながら考えていた。結構若いようにも見える。だけど、あの町でレオの噂を聞いたのは結構昔からのようにも思う。
あたし達はお互いの事を何も知らない。そりゃ、あたしが売春婦だってことくらいは知ってるだろうけど。いっしょに旅をしていながら、あたし達はお互いのことをほとんど話すことはなかった。
まあ・・・必要もなかったって言うのが本音なんだろうけど。
「なあに見惚れてんだよ?」
あたしの視線に気づいてレオがこちらを見る。
「ばぁか。自惚れないでよ。スケベレオの女遍歴をちょっと想像してただけよ。」
軽い口調で返して歩調を速めるあたしにレオが歩調を合わせながらニヤニヤと笑った。
・・その余裕がむかつく。
「何、気になる?」
「べっつに?意外と年食ってるのかもねーと思っただけよっ。」
「俺?げ・・そんなに老けて見えっかな・・。」
なにやらショックを受けたらしく自分の顔を撫でまわしながら考え込む。歩調が落ちたレオを引き離しながらあたしは妙にいらつく自分を不思議に思っていた。
ま、いっか。
「実際のところ、レオっていくつなの?」
かなり引き離したと思ったのに。振り返ればレオはすぐ後ろにいた。
「俺か?いくつに見える?」
往来のど真ん中でずい、と顔を突き出してくる。
・・・いくつに見えると言われてもな・・。
にかっと笑えば十代の少年に見えなくもないし、妙に老け込んだときもあるし・・。苦労性っぽいしぃ。
「・・・やっぱり俺って老けて見えるんだろうか・・。」
悩むあたしにやはりショックを受けたらしくなにやら頭を抱えて考え込んでいる。
「25ってとこかな。」
とりあえず間を取って言ってみる。外れててもダメージが少なそうな辺りで。
「・・・。」
あ、落ち込んでる。ということはもっと若い!?
「・・・い・・いくつ・・・?」
「21・・・・。」
なんだ近いじゃん。
「そんな落ち込むほどの差じゃないじゃーん。」
「お前なあっ。4歳違えば大打撃だぞっおいっ。」
・・・そんな女の子みたいなこと言わなくてもいいと思うんだけど・・。
「でもほら、レオ落ち着いてるからさ。頼れるってことじゃーん。」
持ち上げとけ。
あたしの勘が告げる。そのほうが面倒がなくていいぞ。
「男はやっぱり甲斐性よね♪」
「そっか。そうだよな。いやあ、そーだよなー。やっぱ俺って頼れる風に見えるかあ。」
ま、嘘ぢゃないけどね。
しかしやりやすいやつ。
「ところであたしっていくつに見える?」
「15。」
ずぅ〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・・。
「お?本当はいくつなんだ?」
「17・・・・・・。」
「なんだ二つっかかわらねーじゃんか。」
「二つも違えば大問題なのよぉおおおっ!!」
お嬢ちゃんじゃないっつーに!!
「いや、ほら。ラリサ・・その・・かわいいからさ。それにさあ、やっぱ若く見えたほうがいいぢゃねーか。」
慌てたように言うのが気に入らないがまんざらでもない自分が愛しかったり。
「そ・・そお?」
「そうそう。」
がっくんがっくん頷くレオににっこり微笑んであたしは腕を絡めた。
「そっかーそーよねー♪じゃ、神殿に行きましょうかー♪」
今日も天気がいいぞぉ♪

「ギルドから来たというのはあなた達ですか?」
「はい。依頼の張り紙を見まして。」
目の前に立っているのは厳然とした印象を与える銀髪も麗しいナイスミドルだった。彼が、この神殿の神官長であるマーフィー・ゴーストウッドらしい。
あたし達をまるで品定めでもするようにじっくりと見た後、彼はあたし達にソファを勧めた。
・・いいけどさ。宗教ってそんなに儲かるのかしらね?
やたら座りごこちのいいソファに腰掛けてなんとなく落ち着かないままにあたしはマーフィーさんを見た。
「依頼の内容は聞いてますか?」
「あらかたは。詳しくはこちらで説明してもらえるとのことだったので・・。」
静かに言うレオにマーフィーさんは軽く頷いた。
「まあ、そうですね。大体はあの張り紙にあるとおりです。邪教の神殿に『イフリートの涙』を奪い返しに行って頂き、それをもって『封印の塔』へ行って頂きたいんです。」
「その、『イフリートの涙』とは?それと、『封印の塔』に着いてお伺いしたいんですが。」
あたしの質問に、マーフィーさんは自分の拳をぐいと差し出した。
「これぐらいの大きさのルビーをはめ込んだ、純金製のタリスマンのことです。『封印の塔』とは、北・・とは言ってももうこの町も砂漠の中ですが、北の砂漠のほぼ中央部に位置していた石でできた塔のことです。あの砂漠は炎の精霊界と密接につながっていて、昔は人も通れぬ灼熱の地だったのです。それを私たちの先祖がイフリートと盟約を結び、あの塔を置いてタリスマンによる封印を施して、あの砂漠におけるイフリートの力を制限していたのです。その封印が解けてしまったため、あなた達もご存知のように、イフリートが暴れだし、砂漠化が進んでいる・・というわけです。」
なるほどねえ・・。噂はあながち嘘じゃなかったってわけかあ・・。
て言うかそんな大きさのルビー・・売ったらいくらになるんだろぉ・・。
よからぬことを考えるあたしの隣でレオが少し身を起こした。
「じゃあ、邪教の連中はそのタリスマンを盗んで一体何をしようと?」
レオの質問にマーフィーさんの表情が曇る。よほどその裏にはよからぬことがあるようだった。
「連中はメリッサの復活を図ろうとしているのです。」
「メリッサの復活?そんなことできるの?」
過去に神様が復活したなんて話はそうそうない。高位の神官が自分の体に神様を降臨させるのが通常だけど、たいていはその神官も周囲も無事ではすまないからだ。
「大きな魔力と器。その器に注ぎ込む精気が揃えば、ですな。」
「・・つまり、魔力とはイフリート、器とは降臨させるための人間の女性。精気ってのは・・・。」
「うほん。」
あ、やっぱりそれ以上はこの場で言うのは憚られるのか。
咳払いにあたしは言葉を切った。つまり、精気というのは人間のエナジーのことで、それを吸収するにはセックスが最も適しているといわれている。
つーことは。
今までその神殿に攻めていった冒険者ん中で、女の子はその器や精気を集めるために使われた可能性が高い。
「その二つの場所への道を教えてもらえますか?後はこちらでできる限りの調査をして出かけます。」
あたしが言うとマーフィーさんは用意してあったらしい羊皮紙を二枚くれた。
なるほど、これが地図か。
「できればこちらからも人員を出したいのですが、この二ヶ月で戦えるものはあらかた出てしまってですな。」
ああ、まあそうだろうな。一つのパーティーに一人とかつけてたら二ヶ月あれば結構出て行ってしまうだろう。
「構いません。こっちも二人のほうが身軽なんでね。」
「ではこれは前金です。後は成功報酬ということで。」
ちゃり・・と小さな音を立てる袋があたし達に差し出される。一人50と見た。これはありがたくいただいておく。
「わかりました。ではできる限りご期待に添うように頑張ります。」
ま、期待されてるとも思えないけど。
マーフィーさんの顔には諦めにも似た表情が浮かんでいる。それでも彼はあたし達に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」

神殿を出たころにはもう夜もかなりふけていた。
何をするにしても今日はもう動けないだろう。ただ一箇所を除いては。あたしはちらりと繁華街のほうを見るとレオに耳打ちした。
「先に戻ってて。ちょっと用事がるから。」
「ああ、わかった。」
レオが先に戻るのを見届けて、あたしは繁華街に歩を進める。まだこの時間ならカジノや怪しい飲み屋さんは開いているものなのだ。
あたしは一軒のカジノを見つけて入り口から身を滑り込ませた。
ふむ。なかなかにぎわってるじゃないの。
こういうお店はたいていお酒も飲めるようになっている。あたしはカウンターに歩み寄るとスツールに腰を下ろした。
「お嬢ちゃん、ミルクでもやろうか?」
む。カウンター越しの下品な声に内心サンダーアローを食らわせつつあたしはにっこりと微笑んで10ガルドを男に差し出す。
「この町で仕事したいの。ねえ、『いい人』紹介してくんなぁい?」
わざと出した色気に男の目がやに下がる。
「いいぜ。待ってな。」
男がカウンターの奥に消える。やがて、いつのまにか背後に立った男があたしに耳打ちした。
「きな。上に面通ししてやらあ。」
「うふ♪さんきゅ♪」
軽やかにスツールを降り、あたしは男とともに奥へと向かった。

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