ご主人様と私

文:彩音
画:がそんみほ様

「貴斗様、まみあです」
「入れ」
 不機嫌そうな声が帰ってくる。
 ……やばい。めちゃくちゃやばい。
「失礼いたしま……」
 ドアをくぐり、頭を深々と下げようとしたあたしの言葉を遮って妙に冷たくて鋭い言葉が飛んできた。
「7分35秒の遅刻だ」
 ……そこまで細かくカウントしなくてもいいじゃないのよ。
 いつものことながら、口に出かかった言葉を飲み込んであたしは深々と頭を下げた。ここは素直に謝っておくが吉。言い返してもろくなことはないのだ。
「申し訳ありません。ホームルームが長引きまして」
「言い訳はいい。君の仕事は時間ぴったりに僕の紅茶を入れることだ。違うか?」
「……はい。申し訳ありません」
 このたかびーな物言いにあたしの正直な顔はどうしても引き攣ってしまう。それを何とか落ち着かせて顔を上げると、でっかいマホガニーの机に腰掛けたあたしのご主人がよくわからない分厚い本を閉じたところだった。
 あたしは藤原家の次男、貴斗専属のメイド、ということになっている。 ここに来たその時に貴斗本人に直に決定されてしまった。以来、この金持ちのボンボンでいやみったらしい次男坊の世話を何くれとなくしているわけだけどこれがまったく一筋縄じゃいかない相手だったりする。何かにつけて文句を言わなければ気がすまないタイプというのか。もしかしてあたしのこと、嫌いなんじゃないだろか?どうもそう言いたくなってしまう日々なのだ。
 これで下手に顔も綺麗だったりするからなおのこと腹が立つ。
「まみあ、スカートのほつれくらい直しておけ」
「……はい、申し訳ありません」
 ほらね。
 そもそも、あたしを専属にしたときの物言いも気に食わない。
『ああ、これ、僕のでよろしく』
 あたしはものじゃないっつーの!
 とはいえ、下手に言い返したりすると余計ややこしいことになるので、最近はあたしも学習して言いたいように言わせている。大人になったなあ、あたし。
「まみあ、仏頂面より紅茶を出して欲しいんだが? もう9分28秒の遅れだ」
「大変申し訳ありません。ただいますぐに」
 すぐに、ぶん殴りたいっ!!

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