嘘みたいなI love you

 「沙希・・・お前のことが好きなんだ・・。」
「え・・・。」
「ずっと好きだったんだ。」
熱烈な告白。肩を力強く厚い掌が掴み、唇が近づいてくる・・・そう・・近づいて・・・・・。
「ぶ☆はひふんは」
抑えた掌の下でもごもご動く唇をくすぐったく感じながらあたしはじとっと相手を睨んだ。
「何すんだはこっちの台詞でしょ。『父さん』。」
「ぶはっ。そんなこと言ったって仕方ないだろう?おまえのことがずっとずーっとずーーーーーーっと・・」
「やかまひい。」
「べふ☆」
縋るように言い募る父のおでこをペンとはたいてあたしは腰に手を当てた。
「あなたとあたしの続柄は?」
「親子でっす。」
悪びれもせずに言ってくださる不肖飯田毅(いいだつよし)32歳、現在男寡にあたしは頭を抱え込んでしゃがみこんでしまった。
「いいじゃんよぉ。血は繋がってないんだからさあ。」
「そんな昼ドラをべたでいくような真似できるかーーー!!」
情けない顔であたしを見る父親に思いっきり怒鳴りつけてぜえぜえと息をつくと、あたしはテーブルの上に置きっ放しにしてあった学生かばんを手に取る。朝っぱらから馬鹿な真似をしてくれたおかげでまた遅刻しそうなのだ。全く懲りないやつ・・。
「あたし、ガッコ行って来るから。あ、今日は部活で遅くなるよ。」

「沙希・・お前まだあんな露出過剰部に・・・・ぶふ☆」
後ろで何か言ってる親父の顔にスリッパを投げつけると、あたしは慌しく家を出て行った。
あたしと父さんは血が繋がってない。あたしの実の父親は、いわゆるDVってやつであたしの母さんと離婚した。今の父さんがあたしの母さんと再婚したのは7年前のことだ。8歳も母さんと違うし、見てくれが結構若いもんだからよく兄妹と間違われたりもする。だけど、戸籍上は立派な親子・・・のはずで。その母さんも、4年前にガンで死んでしまった。早すぎる死。なかなか受け入れられなかったあたしを、父さんは必死で育ててくれた。そして、今、15歳、高校1年生のあたしがグレもせずにここにいるわけ。
ところがその父さんが、何をどう間違ったか、あたしが高校に上がったのを機に毎日毎晩毎朝毎昼・・・はないか。とにかくそれくらいしぶとく告白をしてくるようになった。近所のおばさんに言わせれば、あたしは若い頃の母さんに生き写しなんだそうで。確かに鏡を見てはっとするほど似てると思うことはあるけど。だからって間違えんなくそ親父。
ぶつぶつ言いながら走るあたしの背中にちょっと高めの幼い声がかかる。
「沙希!おはよ!」
やっぱり息を切らせながら走ってくるのは友達の緒方瑞穂。我がチアリーディング部のマネージャーでもある。
「今日もぎりぎり?」
「お互いにね。」
二人頷きあってラストスパートを飛ばし、校門を潜り抜けると同時にチャイムが鳴った。
・・・学校ぐらい余裕を持っていきたいもんだ・・・
あたしはささやかな願いを胸に溜息をついた。

「でもさー。沙希のお父さんってかっこいいし、いいんじゃない?」
「ぶっ・・。」
危うくお茶を噴出しそうになりながらあたしは親友の顔をまじまじと見てしまった。
「・・まさか・・本気・・?」
「別に血の繋がりないしさあ?いいんじゃない?」
ミートボールを「もらい♪」とあたしの弁当からつつく瑞穂を、あたしは思わずじとっと見てしまった。
「あたしのたこさんウィンナーあげるからぁ♪」
と勝手に物々交換をする瑞穂に思わず頬杖をついて
「父さんよ?父さん。」
「でも血は繋がってないじゃない。遺伝子上は問題なし。」
「でも親父様よ?」
「若くてかっこいいじゃないのよ。なんか問題ある?」
「思いっきりあるわいっ!!」
叫びかけて慌ててトーンを落とす。
「いいじゃないの。下手なその辺の若い男より頼りがいあって落ち着いててなおかつ年収もそこそこあって、で、顔がよくて沙希を愛してると来たらもう、言うことないじゃん。」
「条件だけ言えばそうだけどさっ。」
瑞穂の勢いに飲まれ気味になりつつもやっぱり頷けるわけがない。
「無駄な抵抗は止めてさ、尋常にお縄につきなよ。幸せになれるよぉ〜?」
どこぞの刑事ドラマと時代劇をミックスさせたような台詞を吐く瑞穂に、思わずあたしは拳を固めた。
「やぁよ。あたしは普通に彼氏を作るんだから!」
力説するあたしに瑞穂があっさりと言い捨てる。
「ファザコンのくせによく言うわ。」
「ぐぅ・・・。」
一瞬言葉に困って目を白黒させるあたしをさもおかしげに瑞穂が笑う。
「し・・しっつれいね。母さん亡き後実質家族は二人っきりだから仕方なく構ってるだけでしょっ。」
自分でもなんとなく力なく思える台詞にしたり顔で瑞穂が頷いた。
「うんうん。そぉよねえ。ふっつうは認めたくないわよねえ。でもさあ、ワカキヒノアヤマチなんて誰にでもあるもんじゃない?気にしないであのたくましい胸に飛び込んじゃいなさいよぉ。」
「やだ。」
「じゃああたしが貰っちゃう♪」
「だめーっ!」
叫ぶあたしの口に唐揚げを放り込んで瑞穂がにっこり笑った。
「じゃああんたが貰っちゃいなさい♪」
「・・・・・。」
あたしが何も言えなかったのは唐揚げのせいである。絶対に!

「課長。今日の夜、空いてますかぁ?」
書類ついでに夜の予定を聞かれても俺にそんな時間はない。書類に目を通しながら俺はいい加減に返事をする。
「空いてないよ?」
「あ・・そ・・そうですか・・・。」
いつもならここで大抵は引き下がる。だが、今日の女の子はちょっとばかり逞しいらしい。
「あのぉ・・お食事でもいかがかなあ・・なんて・・・。」
「娘と食べるからだめ。はい、じゃあこれ、部長のところに回してね。」
「はぁい・・。」
とぼとぼと立ち去る後姿に目もくれず、俺はがむしゃらに仕事を片付けた。そう、俺、飯田毅にそんな暇はない。今日はとっとと仕事を片付けて沙希を迎えに行かなきゃならんという重大かつ何ものにも優先される任務が待っているのだ。そんな女に構っている暇はどこにもない。時計を見れば5時。定時は5時半だから後30分でこの仕事を片付けてしまわなければならない。
そんな俺に柴田部長が声をかけた。
「飯田君、どうかね?今日あたり飲みにいかんか?」
入社当時から実にこの俺を可愛がってくれ、たびたび酒も奢ってくれる部長には非常に申し訳ない。申し訳ないが!
「部長!そのお誘い、是非!今度で!」
「あ・・ああ・・そ・・そう・・?」
「今日はどうしても!行かねばならないのであります!!」
部長の両手をひしと握り締め、真剣に訴えた俺の気持ちを察してくれたのか、部長は一生懸命頷きながら去っていった。
「よし、敵兵排除。これより地雷の掃討にかかる。」
かくして俺は机の上の書類に鬼神の如く立ち向かうべく腕まくりをした。俺が行かないと沙希のあの足が数多くの男の眼前に晒されてしまうのだ!
沙希は父親たるこの俺が守るんだ。あの足を他の男に見せるわけにはいかん!あの足・・あの・・・
書類に鼻血を落としかけて、俺は慌てて上を向いた。

「沙希ぃ。またお迎えが来てるよ?」
チームメイトの綾瀬留美菜の言葉にあたしはがっくりと項垂れた。言われなくてもわかっている。あたしたちが練習している運動場の近く。金網にへばりついていたカメラ小僧を力を持って排除して手をぶんぶん振る人影は父さん以外の何者にも見えなかった。・・・できれば他の人に見えて欲しかったけど・・。
「さぁーーーーーきぃーーーーーーっ!迎えに来たぞぉぉぉおおおおおおおおおっ!」
「どやかましいいっ!」
ぐわしゃぁあん!
思わず金網に張り付いた父さんに蹴りを食らわしたあたしは間違ってるだろうか?いや間違ってないと思う!絶対に!金網の上からだということを感謝して欲しいくらいだ!
「沙希・・・いひゃい・・・。」
鼻を撫でて涙目の父さんに目もくれず、あたしは笑顔でチームメイトを振り返った。
「じゃ、次のフォーメーションお願いしまーす♪」
チームメイトが唖然としたような気がするのは絶対に気のせいだろう、うん。
「沙希のお父さんって絶対にMよね・・。」
そんな囁きが聞こえたような気がしたが、あたしは何も聞こえない振りをした。

「なあ沙希・・・。お前・・いっつもあんなふうにパンツ見せてるのか?」
「パンツじゃないわよ。アンダースコート。」
「似たようなもんじゃないか・・。」
まだ鼻をさすりながら車のステアリングを握る父さんにあたしはそっけなく返事した。週に3回の部活の日になると父さんはこうして必ず迎えにくる。一番最初は雨が急に降ってきたのでたまたま早く終わった父さんが来て練習を見たんだけど、どうもそれから部活の日というと迎えにくるようになってしまった。「あんな露出過剰部止めてしまえ」と事あるごとに言われるが、せっかく入ったのにそう簡単にやめるわけにはいかない。あたしをスカウトしてくれた先輩に申し訳立たないし。というわけで、毎度毎度こんなふうに父さんとの攻防を繰り広げていたりする。
「あのカメラ小僧たち・・明らかにお前のスカートの中狙ってたぞ・・?」
「いいんじゃない?中身撮られる訳じゃないし。」
・・・・そういうもんである。最初こそ恥ずかしかったがもう慣れてしまった。それに、多少のギャラリーがいたほうが張り合いも出るものである。苦虫を噛み潰したような顔をして父さんがあたしをちらりと見た。
「・・・もしかして・・見られて快感とか・・。」
「殴るわよ。」
ろくでもないことを口走る親父に拳を固めてみせると父さんはそ知らぬ顔で口笛なんか吹き始めた。
でも、もしかしたらあたしは怖かったのかもしれない。二人の均衡が崩れて、こんな他愛もない会話ができなくなることが。あたしと父さんは、遺伝子上、間違いなく他人なのだから・・・。
もし、親子じゃなかったら・・?
頭をよぎった考えに、あたしは慌てて首を振った。
父さんには、女でも作ってもらおう、うん!
今のところ、それがもっとも建設的な考えだった。今のあたしには。

明けて土曜日の朝、あたしは玄関の呼び鈴の音で目を覚ました。
ぴーんぽーん・・・・・
「・・・ん・・・・?」
寝ぼけ眼で枕もとの時計を見ると朝の8時。平日ならとっくに起きている時間だけど、揃って朝が苦手なあたしと父さんは土日の朝は寝坊するものと決めている。だから、どんなに早くても10時ごろにしか目を覚まさないのだ。
ぴーん・・・ぽーん・・・・・
「誰よ・・・こんな朝早く・・・・。」
大きな欠伸を一つすると、あたしはパジャマのまま1階に降り、玄関に出た。
「はい?どなたですか?」
目を擦りながら尋ねるあたしの耳に、爽やかな女性の声が聞こえてきた。
「おはようございます。私、朝霞楓(あさかかえで)と申します。朝早くに申し訳ありませんが、課長はいらっしゃいますか?」
・・・・課長・・・?
寝ぼけた頭で少し考えて、それが父さんのことだと思い至る。スリッパを履き替えてドアを開けると、そこにはいかにも「気合入れておしゃれしました!!」という感じの若い女の人が一人立っていた。手入れのいい茶色がかった髪は肩までの長さで軽くシャギーがはいり、どちらかと言うと楚々とした美人と言う感じでラベンダー色のスーツに身を包んでいる。
「まだ寝てますけど・・・何の御用ですか?」
まだ寝ぼけた顔でその女の人を見ると、あたしの顔をじっと見てそのパールピンクのルージュをひいた唇に笑みが浮かんだ。どうもニュアンス的に「勝った!」と言ってるように思われたのはあたしの気のせいだろうか。
「ええ、土曜でお休みですし、お天気もいいので良かったら映画でもいかがかと思ってお誘いに来たんです。課長、余り会社の人と外に出ることがないみたいなので。」
「つまり・・・プライベートですか?」
「はい。プライベートです。」
女・・・!父さんに女・・・!?チャーンス!
よどみなく告げられたその台詞はまるではじめから用意してあったかのようだった。早朝家に押しかけるのは勇気が要ったのだろう、少し恥ずかしげにするその女性をドアの中に招き入れてあたしはにっこりと極上の笑みを浮べた。
「ちょっと待ってて下さいね。すーぐ叩き起こしてきますから。」
そしてあたしは玄関で佇む彼女を残し、その言葉どおりすぐさま父さんの寝室へと階段を駆け上っていったのである。今では父さんだけのものになってしまった寝室は、二階の一番奥の部屋になる。あたしはドアを勢いよく開けると、ダブルベッドに大の字になって寝る父さんに駆け寄った。
「父さん!起きて!」
「ん・・・?あ、沙希だぁ♪」
「ぎゃんっ」
人の顔を寝ぼけ眼で見るなり、いきなり親父様はあたしを抱きしめた。その上、あろうことかあたしを体の下に抱きこんだのだ。

「ちょ・・ちょ・・ちょっと待って!お客さんなんだってば!起きて!」
「夢にしちゃあリアルだけど・・ま・・いっかあぁ・・。」
「きゃあっ!」
半分寝た顔でにへら、と笑うと、父さんの手があたしのパジャマの下に潜り込もうとし、唇が首筋に押し当てられた。
ゴスッ
「うが☆」
「・・・・・・起きた?」
「・・・ふぁい・・・。」
あたしの膝がクリーンヒットしたおなかを押さえ、蒼白い顔で父さんは頷いた。

なんだか妙に機嫌のいい沙希に起こされて、俺は渋々パジャマのまま玄関に向かった。そこに立っていたのは秘書課の朝霞楓だった。社内でも一二を争う独身女性で、狙う男は多かったはずだ。その楓が何でここにいるのかがまず理解できずに俺はとりあえず挨拶をした。
「おはよう。」
「おはようございます。」
一部の隙もないとはきっとこのことを言うんだろう。そんな完成された笑顔だった。
「えーと・・・なんで君がうちに?」
悪いが秘書課の彼女と、総務部の俺にそう接点はない。確か社内のレセプションなどで数度顔を合わせただけだと思う。
「せっかくのお休みですので、飯田課長をお誘いに来たんです。」
「なんで?」
爽やかにそうのたまった彼女に尋ねると、場の雰囲気が固まった。横から肘でつつく沙希が俺の顔を気まずげに見ている。
「なんだよ?」
尋ねると沙希は、なんとなく呆れたような顔で「誘われたらのってあげなきゃ」という。だが俺に楓の誘いに乗る理由はない。
「すまないけど眠いんだ。今日は悪いけど帰ってくれる?」
「え?」
「ちょっ、父さん!?」
二人の女性から声がかかるが知ったことじゃない。
「じゃあ、そう言うことでお休み。」
踵を返して寝室に戻ろうとした俺を沙希ががしっと捕まえた。
「ん?なんだ?」
「父さん・・たまには外に出ないと、親父臭くなっちゃうわよ?」
それならそれで沙希と出かければいいだけなんだが・・・。
「若い女の人と話して若さを取り戻さないとどんどん老けてっちゃうんだから!」
だから沙希が一番若いと言うのに。
「あたし以外の女の人に触れて刺激を得て若くならないと、思春期の娘からは嫌われるんだからね?」
・・・それは困る。
「つまり?」
「お母さんが前に買っといたスーツ、出してあげるね。」
にっこり笑って沙希が部屋の奥に引っ込んでいった。
・・・・どうもまんまと引っかかったらしい・・・。
俺はぽりぽりと頬を掻きながら楓を見た。やはり彼女もニコニコとしながら立っている。
「・・・ちょっと・・待っててくれる?用意するから・・・。」
「はい♪」
極上の笑顔を浮べた彼女よりも、俺は奥でごそごそやっている沙希の方が気になって気になって仕方がなかった。
・・・今日のところは引っかかっておいてやるか・・・。
俺は、腹をぼりぼりと掻きながら洗面所へと向かった。

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